chapter8. awakening... oblivion time 忘却の扉
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───恵を、霧島に託す。
そう決めたからには、もう話すことなどなかった。
「早く、恵の所へ行け!!」
声を振り絞って、怒鳴りつけた。
霧島は、ビクッと身体を振るわせて、俺を見返した。
「───言われなくたって……!」
そう言い捨てながら身を翻して、植え込みの間を戻って行った。
「…………」
取り残された俺は、心が空っぽになったような気がした。
雨に打たれながら、いつまでもそこに座り続けた。
心が泣き続ける。恵に会えない。
……アイツに見つかる方が、怖いだなんて……。
恵に会いたかった。抱きしめて安心させてやりたかった。俺は、裏切ってなどいない、見捨てたりなどしていないと……。
悲しい心が、指一本動かすことを許さない。大粒の雨が重力で俺を押し潰そうと、更に激しく降り続けた。
……悲しすぎて、思考能力が奪われた。
あの部屋に閉じこめられていた時より強い、絶望感。
あそこから逃げられれば、会えると思っていた。恵に会えば、何とかなると思っていた。
そう思えていただけ、俺はまだ救いがあったんだ。……希望を繋いで……ただ、逢うことだけを願っていた。
今は……?
恵という目標を失った今、俺は何を目指して踏ん張るのだろう。
───違う……。
恵にまた会うために、決着を付けなきゃいけないんだ。
俺が俺として生きて行くために、……あの悪魔から解放されなければ、いけないんだ。
長い長い放心状態の後、俺はやっとそこに行き当たった。
雨はまだ激しく降り続いている。
体温の全てを奪っていた。
寒さも感じない。身体が動かないのは、怠いのが続いているせいか、凍えているせいなのか。
……もう、何がなんだかわからない。
ここに居るのが辛い。雨を避けたくなってきた。
「……………」
ゆらりと身体を起こす。フラフラと、雨避けを求めて歩き出した。
大通りに出た気がする。
視界がもう効かない。寒いはずなのに、やけに身体が熱い気がした。熱がぶり返したのか……。
………死んじゃうかな、俺──
道路に膝をついた時、そんなことが脳裏を横切った。
誰かの叫び声が聞こえた。
身体が揺り動かされる。泣いている。
………その声は、泣きながら俺を抱きしめていた。
何度か、目を覚ました。
その度、俺を心配そうに覗き込む、優しい瞳を見た気がする。
俺はそれを見て安心すると、すぐにまた眠ってしまった。
「─────」
……眩しい。
カーテンが開け放たれているのか。目を瞑っていても、瞼を通して陽の光が入ってくる様だった。
「ん……」
寝返りを打って、眩しさから逃げた。
「………?」
布団の端が、何かに引っ掛かっているのか……。寝返りに布団がついてこない。
気怠い首を、肩越しに振り向けた。
「─────」
そこには、あの悪魔がベッドの端に上半身を凭れて、眠っていた。
スーツのまま床に座り込んで、ベッドの縁で両腕に顔を埋めている。その顔は、まるっきり正体が無い。
「─────」
頭が働かない。
………?
………おれは………
………おれは……なんだ………どうしたんだっけ………
オッサンから視線を離すと、目だけ動かしてみた。
辺り一面、白い。
カーテンも、天井も、壁も、布団も……。
少し開いたカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいて、部屋中に乱反射していた。
───眩しい。
壁側に、顔を戻した。
目の前に投げ出している両手が目に映った。
手首にそれぞれ金属の輪が光っている。腕を動かすと、カチンと冷たい音が響いた。
……なんだっけ……これ……
「………かつ……はる?」
呼ばれた気がした。
億劫だけど、少し振り返る。その顎を捉えられて、唇が塞がれた。
「──────」
俺は薄く開いた目で、映るものをただ見ていた。
オッサンの顔が目の前にある。
生温かい何かが、口の中に入ってきた。
背中とベッドの間に手を差し込まれて、オッサンの両腕に抱きしめられた。
「…………」
「? ……克晴?」
唇を離して、オッサンが俺を覗き込んだ。
「……おい! 克晴!」
肩を掴んで揺すられた。ガクガクと身体が揺れる。
………なんだよ、……うるさいな……
俺は、首を横に動かして、嫌がってみた。驚いている顔のオッサンが、俺を見つめ続ける。
俺もその顔に視線を向けたまま、ぼんやりしていた。
───あ……
布団を剥ぎ取られた。パジャマの裾をたくし上げられ、胸の敏感な所を舐めてくる。
「……………」
俺はじっとそれを見つめる。ズボンと下着も脱がされた。
───ん……
膝をたてて、足を開かせられた。後ろに舌を入れてくる。
…ぅ……ん……
額に汗が浮かんできた。身体が……熱くなる。
舌の動きが激しくなった。蕾を押し広げては、中を探る。
「ぁ……」
声が勝手に出た。前を咥えられたからだ。
「ん……や……」
舐め回されるのが、鬱陶しい。
腰が……身体が……熱い。
……あ、………あぁ……
「────っ!」
俺は、ガバッと跳ね起きた。
「あっ!!」
股間に鋭い疼きを感じ、仰け反った。
腰は押さえられ、前を唇で扱かれていた。
「ぁあっ! や……やめろ…」
跳ねた身体は、またシーツの海に横たわってしまった。腹の上にある茶色い頭を、両手で力無く押す。
「ぁあ、……はぁっ!」
ヌメヌメと這い回る滑った舌と唇が、俺を絡め取り、きつく吸い上げる。
鈴口や括れに、舌先が絶えず当たる。
与えられる刺激に、思考が付いていかなかった。抵抗するにも、どこに力を入れていいか判らない。快感だけが、体中を駆けめぐった。
「────くっ……ぁぁあ!」
いきなりの絶頂。身体の芯から、その波が湧き上がってきた。
俺はせめてその瞬間だけは、声を堪えたくて。
手元の髪の毛を、掻きむしる。喉と背中を反らせて喘ぎ、吐精した。
「──────!」
「……ハァッ……ハァ…」
肩で息を切らしながら、ぐったりとした。
……なに? ……なんでだ?
うるさい呼吸の中、まわらない頭で、襲ってくる恐怖の予感と闘っていた。
───そんなはず無い……まさか……まさか……
「───克晴…」
────!
その声に、今度こそ俺の身体は、ビクンと震えた。
目を……ゆっくり、声の方向へ向ける。
「………………」
視線の先には、アイツがいた。
下唇を舐めながら、嬉しそうに俺を見ている。