chapter8. awakening... oblivion time 忘却の扉
1. 2. 3. 4. 5. 6.
2
俺に……恵さえ諦めさせた……
それだけ会いたくなくて、逃げ回っていた「悪魔」が、今……
目の前にいた─────
横たわっている俺にのし掛かり、顔を近づけてくる。
「……克晴。起きたね」
「────ッ!」
喉を引き吊らせ、俺はその顔から逃げた。
「……やッ」
顎を掬われ、また唇を塞がれる。
「んっ、んん───っ!!」
舌が引き抜かれそうなほど、吸われる。
苦しい、目眩が──
「…やめ……苦し……」
首を振りながら、胸をドンドンと叩いた。
不意に呼吸が楽になったかと思うと、急に頭ごと抱えられて、顔を胸に押し付けられた。
「────!?」
「……克晴……克晴………生きてた…」
頭上で、か細い声が譫言のように繰り返す。抱えた俺の頭を、髪を、撫で続ける。
………その感覚は……
昔、父さんがよく頭を撫でてくれた。
俺がいい子にしてると、喜んでみんなの前で褒めてくれた。だから俺は、いつもいつも、いい子になろうとしていた。
………違う。
父さんも、よく撫でてくれたけど…。
この手は……
心臓が、ぞわっと震えた。肌が粟立つ。
───思い出したくもない。
俺を膝に抱えて……車の中で…足を開かせて…。
後ろに指を突っ込んで、動かしながら言うんだ。
「いい子だね、克晴。ちゃんと僕を感じてる」
そう言って、空いてる方の手で頭を撫で続けた───
俺はその間中、身体の感覚を断ち切って、早く終われ! と心で叫び続けていた。
「────ッ、離せ!!」
オッサンの胸に両手を当てて、思いっきり突き飛ばした。
こんなヤツに抱きかかえられて、あの頃を思い出すなんて!
屈辱と不安に閉ざされた日々。封印していたのに。
痛みも
感覚も
悲しみも
あんな辛いのは、もうごめんだった。終わったはずだった。
恵という愛する対象を見つけて、俺は救われていたんだ。
───恵!!
恵を想って、俺の身体は熱くなった。
ふわりと、俺を背中から包んでくれた。拙い言葉、小さな手、精一杯の……俺への愛。
どうしようもなく、怒りが込み上げる。
「───俺に……俺に触るなッ!!」
突き飛ばされたまま、俺の足元で後ろに手を付いている、そのオッサンに向かって叫んでいた。
「お前はもう、終わったんだ! 俺の中にはいないんだ! 今更出て来んなよ!!」
オッサンの目が、見開かれた。
「しつこいんだよ! …なんで俺なんだ!? いい加減、父さんとこイケよ! ……馬鹿じゃねぇの? アンタ!!」
顔が熱い。身体が熱い。
怒りが脳髄を、細胞を燃やす。
その炎は、罵りや悪態という何本もの矢となって、悪魔に放たれた。
「────っ!」
オッサンの顔が歪んだ。
「もういいだろ!? なんで、こんなこと繰り返すんだ!! ……病気も大概にしろよ! ────大っ迷惑だッ!!」
拳を握って、目を瞑って、力の限り叫んだ。
隣りに、上下に、外に、そこら中に聞こえるように。
「───かつ…はる……」
掠れた声が、絞り出された。
目を見開いたまま、蒼白な顔をしている。
頭を、ゆるく横に振って……
「…………」
────?
何か呟いている。
口の中だけで、それを繰り返している。その言葉は、俺には聞こえなかった。
オッサンの瞳が暗く光った。そして、口の端を片方だけ上げた。
「……そう。やっぱ、こうなるんだ」
「───?」
「克晴……僕はね……いつだって、もっと優しくしたかった」
寂しい声。でも、その眼は細められ、口の端は更に上がり……
───悪魔は、嗤った。
「アッ!!」
激しく金属がぶつかる音。
衝撃が肩まで痺れさせた。両手首がくっついて離れない。
「!?」
俺の手首に嵌められている、金属のプレート。
磁石が引き合うように、いきなり引き寄せ合い、ぴったりとくっついてしまった。
───拘束具!?
青ざめて、オッサンを振り仰ぐ。
「はは、察しがいいね。革ベルトじゃ、普段が不便だと思って」
にっこり笑う。
「僕の新兵器。て言うか、前回が間に合わなかったんだ。……だから、うっかり逃げられちゃった」
「………」
「それね、磁石。リモコンやセンサーで、磁力を起こすんだ」
「………」
理科の授業でもやっているような、軽いノリで話し続ける。
「もう絶対、逃げられない。……僕を、怒らすからだよ……克晴」
俺の身体に這い上がってきて、離れなくなった手首を頭上に引き上げた。
「………!!」
もう一方の手で、顎を掴まれた。
「……今更、そんな顔しても…駄目。……僕はもう許さない」
目を瞠って、目前の顔を見つめる。得体の知れない恐怖で、視線を反らせなかった。
「……ッ!!」
前回と同じだ。また、ベッドのヘッドパイプに手首を繋がれてしまった。
オッサンの手が、俺の手首から、頭、頬、首と撫でながら降りていく。襟元までくると、さっきはたくし上げたパジャマの前ボタンを、ゆっくりゆっくりと外していった。
───さっきは、ただぼんやりと見ていた。
何も感じなかったんだ。でも……今は違う。ボタンが外れるたび、俺の胸が露わになっていく。その肌に、オッサンが触る。
指が…掌が、敏感な所を掠るたび、身体が震えた。
前を全部開け終わると、膝に跨ったまま堪能するように眺めてきた。下は既に……さっきのフェラの時に、全部脱がされていた。
「……こんなになって。もっと小っちゃかったのにね」
恐怖で萎えている、俺のモノを摘み上げた。
「……ッ! 触るな!」
「こんなの生やしちゃって……最初はつるつるだったのに」
陰毛を引っ張る。俺は顔が熱く、紅くなるのがわかった。
───言葉でも、辱める気か?
オッサンを睨み付けて、歯ぎしりした。
「──その眼……」
また、頬を撫でてくる。首を振って、その手を払った。
「─────」
オッサンは、唇を引き締めて俺を一瞥すると、ベッドから降りた。
枕元のガラステーブルから何かを拾い上げると、俺の顔の直ぐ横に座った。
真上から真っ直ぐ見下ろしてくる顔は、蛍光灯の逆光でシルエットしか判らない。また顎を掴まれた。でも今度はそれだけじゃなかった。
「───!!」
無理矢理、口を開かせて何かを噛まされた。
………これは!!
俺の記憶に、刻まれた酷い仕打ちが蘇った。
これを噛まされた時は、ろくな事がなかった。大抵が、制服を着たままヤル時だ。
俺は、アレが本当に辛かった。
後ろ手に縛られ、これを噛まされ、レイプ同然にヤリまくる。学ランは殆ど脱がさない。局部だけを弄くって、突っ込まれた。
───嫌だ…!!
俺は、必死に首を振って逃げた。
……あんなの、嫌だ! 辛すぎる……!
でも、腕をベッドに繋がれていて、逃げられるはずがない。金属の棒を噛まされたまま、首の後ろで革ベルトを締められてしまった。
呼吸孔から、ひゅうひゅう音が出た。俺から全ての声を奪い、変な音に変えてしまう。
これを嵌められる時の絶望感まで、思い出した。
「……久しぶりなんじゃない? こんなの付けるの」
楽しそうに、話しかけてくる。その声に、睨み返した。
「そんな泣きそうな顔して……」
頬を撫でてくる。
「……今日はね、お仕置き第二弾」
「────」
「あんまり克晴が、生意気だから。……僕に酷いこと言うから」
頬を締め付ける革ベルトを、指でなぞった。
「だから、克晴に言葉は要らないんだ」
薄く嗤う。
「────?」
「ただ、一言。“イエス”と頷く……そこから、始めようね……」