chapter7. raison d'etre -レゾンデートル-
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「ん……かつにぃ」
恵が頬を真っ赤に染めながら、不安げに見上げてくる。
息が熱い。
「メグ……気持ちいい?」
後ろに挿れた指を、出し入れしている。
そうしながら、小さな身体のあちこちを唇で啄んでいた。吸い付くたびに、ぴくんと揺れる。
でもその感覚を、どう受け止めて良いか分からないでいた。
「ぁ……やぁ……」
くすぐったそうに身体を捩る。
「……やだ?」
「…………」
「やめて欲しい?」
意地悪っぽく訊いてみると、困って泣きそうな顔になる。そんな顔をされると可愛くて、ぎゅっと抱きしめてしまう。
「ごめん、メグ。…うそうそ」
温かい恵の体内で、指を動かす。
「ぁっ……」
仰け反る身体を抱きしめながら、唇を胸に押し当てた。
「んんっ……ぁあ……」
辛そうな声。
「メグ……唇を感じて。指を感じて…」
「……はぁ……」
「わかる? ……くすぐったい感覚じゃなくて、指が何をしているのか、舌先がどこを触っているのか」
「………うん?」
「それを感じて、……興奮して。……それが、兄ちゃんを“感じる”ってことだから」
複雑な顔をして、俺を見上げる。
難しいかな、そんなリクツ。
俺は笑って、その唇にキスをした。
慣れてしまえば、頭で考えなくたって、勝手に興奮する。勝手に腰に響いて、性欲は暴走しようとする。
俺は、必死にそれを抑えていた。
恵を泣かせたくはない。今はまだ、気持ちよくなってほしかった。
「メグ、感じることを怖がらないで」
俺はよくそう言い聞かせた。
余りにも不自然な快感。それを受け入れることに、罪悪感や羞恥のようなものを感じてしまい、躊躇する。
くすぐったいだけ、と、すり替えてしまう。でも、……そうじゃない。それを、分かって欲しいんだ。
「うん……」
額に汗を光らせながら、恵は身体をしならせた。
「気持ちいい……克にぃ」
目を細めて、熱い吐息を吐く───
「─────」
恵を抱きしめている気がした。
そうやって、毎朝起きていたから。
自分じゃない体温が、横にある。
俺は抱きしめられて、眼が覚めていた。
「…………」
朝起きる時、一人じゃない時は大抵恵の夢を見た。
そして、夢だとわかって悲しくなる。何故、隣に寝ているのがコイツなんだ。何故、あの小さな身体が、ここに無いんだ……。
……恵……。
───今、どうしているんだろう。
考えれば考えるほど、歯痒くなる。
どうしようも出来ない自分に。状況の判らない、現状に───
そして、同時に身体の痛みを痛感する。
この悪魔が隣で起きる時。それは、必ず酷い目に遭った次の日だからだ。
後ろも、腰の関節も──身体全体が痛い。
……今、何時なんだろう。
オッサンを起こしたくない。
出勤ぎりぎりまで寝ていてくれれば、朝は平穏だから。
でも、昨晩体内に打ち込まれたモノを、早く出したかった。
この部屋には、時計もカレンダーもない。俺は仕方なく、そっとベッドから抜け出して、トイレに行った。
ついでにシャワーを浴びる。
熱いシャワーを浴びていると、生き返った気がする。立ったまま、長いこと頭から熱いお湯を浴びていた。
「克晴……おはよ」
頭に打ち付けるシャワーの音で、オッサンが入ってきたのに、気が付かなかった。
「────!」
ぎょっとして振り返った身体を、抱きすくめられた。
「や──っ……」
離せ! と、危うく叫びそうになって、言葉を抑えた。
抵抗したらもっと酷い目にあう。俺の身体が、本能でそれを分かる様になっていた。
「………ぁ」
オッサンも全裸で。
熱いお湯が降り注ぐ中で、下半身への愛撫が始まった。昨日、散々したのに。なんでこんなに底無しなんだ!
「んっ……く……」
昨日解してるからいいだろ、と言わんばかりに、強引に入ってくる。
「あぁ……ぁああっ…!」
壁に手を付かされ、立ったまま後ろを掘られた。
熱いシャワーが、絶えず降り注ぐ。
「克晴……イキそう……」
首筋に吸い付きながら、囁いてきた。
───勝手にイケよ!! そう心の中で罵りながら、俺も高められる。
───くそっ!
「……俺も…」
容赦なく、前を扱かれて──
「……ぁ、あッ、…イカせて……まさよし…」
リビングにはテレビがあって、新聞も取っていた。だから、世情を知ろうと思えば、可能だった。
でも、俺は──
俺の知りたいことは、一つだけ。
俺の欲しいモノは、一つだけ。
──恵は今、どうしているのか…。
早く自由を──
だからリビングに行く気にもなれず、ずっとベッドの中で蹲って、無駄に時間を潰していた。
あまりにも頻繁な行為で、身体もボロボロだったし。いつも怠くて、動く気がしなかった。
なのに………あの悪魔、会社を抜け出してまた、帰って来やがった。
俺はいい加減、嫌がった。昨夜して、今朝して、昼もするか!?
「嫌だ! 今はもう、無理だって……」
たばこ臭いオッサンをはね除けて、ベッドの隅へ逃げた。
抵抗したら、どうなるか。そんなの分かってるけど……もう、限界だと思ったんだ。
「───あ!」
久しぶりの金属音。手が強引に引き寄せられる感覚。
最近は大人しく従っていたから、これはなかった。もうイヤだったし。
「ちょ──雅義…!!」
俺は焦って、悲鳴を上げてしまった。
「マジ、無理だから───!」
唇は塞がれて、抵抗も鎖で拘束された。
「時間無いんだ。暴れないで」
「………! そんなこと言ったって!!」
痛い身体が恐怖を感じて、逃げようとする。
「───克晴!」
あ……と思った時には、パジャマのボタンが飛んでいた。
「邪魔だなあ、もう。パジャマも無しにしちゃおうか」
「───!」
俺は、青ざめて黙り込んだ。従え! と、自分に命令する。もう素っ裸なんて、冗談じゃない。
大人しくなった俺を見下ろして、オッサンは満足そうに嗤った。
「痛くしないように、してあげるから」
そう言って、またあのクスリを持ってきた。
「……!!」
俺は本当は、絶対嫌だった。真っ昼間っからそんなの打ち込まれて、性欲の奴隷みたいになるなんて。
………でも。
我慢しないと、それ以上の何があるか、わからない。
黙って受け入れるしかなかった。
「ん……」
硬くて細い無機物が、後ろに差し込まれる。冷たい液体が、流れこんで来る。
「…………ぁ……」
ドクン、と動悸がして、身体が熱くなっていく。
今度は生ぬるい感触。潤滑クリームを塗り込まれた。
もう、擦れる痛みも感じなくなる。もう、俺は───俺でなくなる。
「いい子だね…かつはる」
「……っ…はぁ……」
オッサンを受け入れて、よがり声を上げて──
与えられる快感で、勝手に身体が悦ぶ。打ち付けられる度、腰が疼き、背中が痺れた。
────あ、…ああぁ、………イク……
「…雅義……もぅ──いかせて…!」
俺に欲望を打ち込んで、オッサンは、さっさと会社に戻っていった。
いいようにされた俺は、薬のせいで身体が火照ったまま、放置された。一回イカされたぐらいじゃ、収まらない。
啼き続ける俺の身体……。
寝乱れたシーツの上で起きあがれないまま、身悶えては、熱い吐息ばかり吐いてしまう。
今朝、恵の夢を見たのも手伝って、メグへの欲求が高まっていく。
───イヤだ……
恵で、したくない……。
そう思っているのに、身体は止まらなかった。手が、下半身へ伸びる。
「………メグ……」
正気に戻ったあと、自己嫌悪した。
そして、オッサンに腹が立って、ますます俺は無愛想になった。
それにしても……。
俺は、オッサンの色々なことが謎だった。
その中でも、一番思うことは財源だ。
このマンションにしろ、車にしろ、……妖しげな道具、薬──俺にはよく分からないけれど、掛かっている金額は、半端じゃ無いはずだ。
特にこのマンションは、かなり広い。
リビングと玄関の間の廊下に、いくつかドアがあった気がする。オッサンは普段、そっちの個室を使っている。
あんな、しょっちゅう、ふらふらと帰ってくるような仕事をしていて、そんなに給料がいいんだろうか。
俺の家は裕福な方だったと思うけど、それは父さんが真剣に仕事をしているからだと、母さんがいつも言っていた。特に、帰りが遅い日なんかは。
───なんて、そんなこと考えていても、すぐに飽きる。
一つのことを集中して考える、ということが、出来なくなっていた。
疲れた身体をクッションに横たえて、うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返す。
その合間に、ぽつぽつと浮かんでくる思考に意識を持っていったり、打ち消したり───
時計のないこの部屋で、カーテンを閉めていれば朝も夜もない。俺には、24時間の体内時計さえ、既に無かった。
御飯だよ、と言いに来る。おはよう、ただいまと、顔を見せる。それだけが、俺の回りで時間が動いている証しだった。
あとは、セックスの強要。そんなのこそ、朝も夜もなかった。
「……ふう」
寝返りを打って、クッションに沈んだ身体を動かした。
このクッションだけは、オッサンが俺にと買ってきた物の中で、唯一気が利くものだ。
両手を回して抱きかかえても、半分しか腕が回らないほど大きい。寝続ける俺にとって、寄りかかれる物があるのは、とても助かることだった。
───帰りたい………。
薄れていく意識の中で、ふとそう思っては胸が痛くなった。