chapter7. raison d'etre -レゾンデートル-
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「なんで……なんで、泣いてるの? ……克晴」
その声で、頬に伝わる熱い何かに気が付いた。
「…………?」
手の甲で擦ってみると、……濡れてる。
──そんなバカな。あるわけ無い。
俺は今日も、泣かなかった。
朝から犯されて、散々、啼かされたけど。
怒張を口に突っ込まれた時だって…そのあと、自分で跨れと言われたって…
あんな目にあっても……涙は流さなかった。
一日中嘆いてたけど……頬は濡れなかった。
「なに……どうしたの…?」
オッサンもびっくりしている。
「……泣いてない。……俺は、泣かない」
泣くはず無い。
恵のために、泣かないと誓ってから。
俺は、俺のために泣いたことなんか、無い───
「天野君、遊ばない!?」
公園の滑り台の上から、よく一緒に遊んだトキオが叫んだ。
そっちを見上げると、滑り台の上と下に、何人か転げ回って遊んでいる。
「おーい!」
「克晴くーん」
口々に、仲間に入れと、俺を呼ぶ。俺が、前にやっていたように。
「悪りー! 俺、これから塾なんだ!」
眩しいその光景を、見つめながら言った。
「えー、塾ばっかだね!」
「うん。……ごめんな」
「いいよ! また、遊ぼうねー!」
「うん……じゃな!」
笑顔で手を振って、オッサンの待つ車に向かった。
今日は家の前まで来れない、とかで。俺が大通りまで、歩いて行く途中だった。
オッサンに、ホテルに連れ込まれるようになって……
もう、前みたいに友達とは、遊べなくなった。何も知らない、無邪気な笑顔。そいつらの顔を見ていると、どうしようもなく、辛くて。
なんで、俺ばっかり……いつも、そう思った。
部屋に入ってオッサンが、俺を抱き寄せる。
「克晴……」
俺を見てないくせに、俺の名前を呼ぶ。
時々、分かるんだ。こいつは、俺の父さんを見てる──
それでも、俺を抱き締める。
なんで俺なんだ。なんで、こんな事されなきゃならないんだ。
身体が、変わっていく。
変な感覚を、覚えさせられる。
それに、抵抗できなくなってしまう恐怖…
こんなこと……なんで俺に──
いつも、そう思っていた。
俺は、どうしていいか、わからない。拒否することも、もちろん受け入れることなんかも、どっちも出来なくて。
俺って、なんだ?
………オッサンにとって、俺って何なんだ…?
俺を、どうしたくて…こんなことし続けるんだ───
「ん……」
腰が……熱い……
何度も繰り返す。“気持ちいい”こと
やだ……嫌だ…………
「─────」
背中から抱き締められて、俺は一瞬、起きた。
────夢……
またすぐ、意識は真っ暗になった。
……はる
………かつはる……
誰かが……
────克晴……
俺を、呼んでる……
────克晴……
優しい声。耳元で囁く。
背中が、あったかい……
……背中……?
───泣かないで───
泣かないで、克にぃ……
………めぐみ…
───克にぃの悲しい気持ち、僕が癒す……
恵の腕が、背中から俺を抱き締める。小さな身体で、精一杯、腕を回す。
メグ……メグも、あったかい。ありがとうな……
頬が熱い。
……俺、悲しいのか?
熱いものが、伝ってる。……俺、泣いてるのか?
……メグ……俺は……
なんで、悲しいんだ……?
大学のトイレでされたことが、思い出された。
ズキンと、心にトゲが刺し直される。
何度でも。
あれを思い出すと、心から赤い涙が、流れるんだ。
───何で……?
俺は……なにが、悲しいんだ?
何かを探してる
俺は……
「や……」
身体が熱い……思考を乱す。
もう…やめ………考えさせろ……
「…………」
ぼんやり、目が覚めた。
まだ恵の温もりが、背中にあるような気がする。
───違う。
振り向かなくったって、判る。
重い腕をシーツの上でずり動かして、頬を触ってみる。
「…………」
なんともない。
───泣いていたのは…夢の中だけか。
色々な夢を、次から次へと見ていた気がする。
子供の頃のことまで。
あの頃の辛かったことが、思い出された。
封印していた記憶。
夢でも見ないと、思い出さない───