chapter7. raison d'etre -レゾンデートル-
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それなのに、オッサンは指を動かし続ける。
「あっ! や……」
腰が悦ぶ。
高まっていく身体に嫌悪して、怒りが湧いてきた。
「やめろって……もう、いいからっ…!」
それでもやめない。止めてくれない。
「ねえ、どうしたの?」
指を増やしてきた。
────あぁぁ!
奥へと呑み込もうと、腸が動く。 嫌だ! 嫌だ!
「……やめ……やめろって! ……雅義ッ!!」
怒りに任せて叫んだのに、悲鳴みたいに裏返った声に、なってしまった。
やっと、オッサンの動きが止まった。
「克晴……随分、勝手なこと言ってない?」
───勝手? ……何がだ?
とにかく、もう嫌なんだ、こんな風に思い知らされるのは。
オッサンが俺に言い続ける、『感じているの、認めなよ』って、やつ……
認めるって、何だよ───俺は、嫌なんだ……嫌なんだよッ!!
“何でこんな目に!”
いつも思っていた。
なんでこんな目に遭わされて、喜ばなきゃならないんだ! 俺は絶対、気持ち良くなんかならない!
……そんな理由、俺には無い!!
それだけが、俺の砦。
俺はそうやって、自分を護ってきた。
それを守っていないと、俺自身が…自分を嫌いになる──
なのに。
今になって、コイツは剥がしていく。
一枚一枚……6年間かけて身に纏ってきた羊の皮を、剥がしていく。
そして……
俺の奥底に押し込めた感覚。俺でさえ忘れていた、その忘却の扉を開こうとする───
俺の“振り”に変化したオッサンの愛撫。それは正に、6年前に俺が受けていたもので。
「ん………んんっ……」
優しくやさしく、撫でられて、キスされて…
「……ぁ……はぁ……」
胸を舌が這うたびに、腰から湧き上がる疼き。
……堪らない
前への刺激が、欲しくなる。後ろへの期待感で、内側から震え出す。
───薬も使ってないのに!
怖い……怖い……! 俺の、プライドが……もたない──
濡れた先端に、舌先が届いた。…ん…そんな動かし方……
「あっ…」
声が漏れる…。
オッサンの唇が柔らかく優しく、俺を包んで、根本まで降りていく。脊髄から脳髄まで、足先から手先まで、快感が痺れ上がっていく。
───あ!
「ぁあ……!?」
ビクン、と心臓まで跳ね上がった。後ろに指を、当てられただけなのに。
どれだけ待っていたか──そんなふうに腸壁が、蕾が震え始める。
やだ……いやだ…!
「──やっぱ、……いやだ」
“振り”でも、受け入れるのは、嫌だ。
こんな風に、感じてしまう方が、嫌だ! ……こんな奴に!!
「克晴……」
オッサンの震えた声。
「このまま終わるなんて、思ってないよね」
地獄の底から、這い上がってくるような、暗く恐ろしい声……。
しまった! と、思った。
「………やっ…」
乱暴に指を増やされて、仰け反った。快感は引き続いていて、身体が震える。
……感じたくない!
首を振って、もう終わりにして欲しいと懇願した。
けどこっちの方が、まだマシか…とも思う。犯されるほうが。
でも……。
俺は、甘かった。いつもいつもそうだ。今以上の最悪が、必ずあるというのに……
オッサンが嗤って、俺の手を背中で繋いでしまった。
恐怖して見上げる俺に、オッサンの視線が冷たく降りてきた。顎を掴まれ、口を強引に開かされた
「ここで、して」
─────!!
耳を疑った。
蒼白になった俺の口に、それは突っ込まれた。
「ぐ……」
恵のなんかとは、比べ物にならない。
………大きい!
熱や質量が違いすぎる。独特の臭いが鼻孔を突いた。
───うぁ……
喉の奥まで突っ込まれて、えずいた。嫌がっても、押しつけてくる。
「むぅ……ふ……」
熱く濡れた棒が、舌を圧迫する。吐きそうだ……余りにも酷い、嫌悪感。
────こんなの絶対、無理だ!
「ゲホ…グ…」
咥えさせられたまま、激しく咽せた。臭いが我慢できない。呼吸が出来ない。
本当に、無理なものは無理で──
暴れれば当然、外されると思った。そんな心が聞こえたかのように、悪魔の言葉が降ってきた。
「僕がイかないと、これは終わらないよ」
条件反射のように、オッサンを見上げた。顔は固定されているから、目線だけで。
その視線に応えるように、冷たい双眸が俺を射抜く。
「言うこと、聞いて。克晴」
「………………」
身体が、冷えていく。
心も凍っていく。
俺はもう、甘えを……諦めた。
舐めろだとか、もっと吸い上げろだとか……
いろいろ言ってくる。やらないと終わらない。
でも、ガンガン押し付けてくる腰使いのせいで、顎が外れそうで。いつどこで息を吸ったらいいかも分からないくらい、混乱した。
後頭部をしっかり押さえられて、絶対に逃げられない。吐き気と目眩で、どうにかなりそうだった。
────酷い
心底、そう思った。
軋んだ音を立てて、心が歪みだす。
また、トゲが刺さったみたいに、痛い。
そんなもんじゃないか……もはや、トゲじゃすまない。
引き裂かれるように、痛いよ────
「う……! ぐ…」
限界を感じて、本当に咥えさせられたまま、吐くかと思った。
その呻き声で、やっとそれは外された。
激しく息を吸い込む。同時に吐き気で、咽せ返す。咳が止まらない。
手が使えないため、吐き出した唾液はそのまま自分の太腿に飛び散り、口も拭えなかった。果てしなく口の中が、気持ち悪い。
乱れた呼吸を整えていると、肩を掴まれて、体を起こされた。
「克晴はずるいね」
…………?
今度は、何を言い出すのかと、霞んだ視界で悪魔を見上げた。
「自分ばっかり、してもらって、……僕にはしてくれない」
────!!
してもらってって……
俺は、また呆れた。
何度この気分を味わうんだろう? 余りに勝手な言い草に、怒り心頭する。
「──誰が……誰が、頼んだよ!」
口が疲れていて、ろれつが回らない。
誰がこんな状況にしたんだ! 誰が、俺をこんな目に遭わせてる!?
それを、言うに事欠いて───!!
「……誰がしたがるかよ、こんなこと!!」
咳き込みながらも、怒りをぶつけた。
久しぶりに大声で叫んだ。
お前になんか、何もしてやるもんか!
恵への──
愛しくて愛しくて……やらずにはいられない、あの気持ちとは、正反対だった。
触れずにはいられない……キスせずにはいられない……その気持ちが踏みにじられる。
こんな、無理矢理って、あるか!?
こんな、屈辱……
身体を奪われるだけじゃない。心を握りつぶした、服従心の強要。
それの最たるものを、悪魔は言葉にした。
「立って。僕に跨って、受け入れて」