chapter12. defender of the memories -1秒の記憶-
1. 2. 3. 4. 5.
2
「……車で?」
いつものが終わってから、服を着ていると、桜庭先生が話し始めた。遅くなっちゃったけど、今日はお仕置きをされなかった。
「そう。迎えに行くから、途中まで出てきて」
「………」
夏休み、毎日先生に会わなくて済む。そう喜んでたのに、この間からそんなことを言うようになってた。
“ぼくが宿直で学校に来た時、迎えにいくよ。日取りが決まったら教えるね”って。
「……何日くらい?」
「週に2、3回」
───そんなに…でも、毎日より…まし…。
「……わかりました」
「いい子…」
先生が手を伸ばす。さっき緒方君が何度も撫でてくれた頭を、先生が撫でる。顎に移動した手が、僕を上に向かせる。
「ん……」
オトナのキス。
克にぃとこんなキスしたら、僕の身体はすぐ熱くなって、立ってられなくなっちゃうのに……。
先生の舌に応えて、絡め返す。背中を抱き締められて、激しく吸われた。
「んん…」
イヤなのに……反応する身体が、嫌い。
「天野君……暫く会えないから、もう一回…」
「………!」
弾んだ息で、僕は先生を見つめた。
「今日遅くなった、お仕置きの……代わりだよ」
にっこりと、優しい顔で微笑む。その顔が…唇が、首スジ、鎖骨、と降りていく。
僕はゆっくりとベッドに押し倒された。せっかく着た服のボタンが、外されていく。
「ん…」
胸の中心を、熱い舌が這い回った。先生の手が、下着の中に直接入ってくる。
「あっ………」
跳ねた腰を、押さえ付けられる。
「天野君、大丈夫。気持ちよくしてあげるから……」
……やだ……違う。
僕じゃない。僕がなりたいんじゃない……
「あ…ぁあ……」
欲しくない刺激に、考えが掻き消される。涙だけがシーツに落ちた。
……克にぃ
……かつにぃ……助けて…たすけて…
夏休みに入って、身体が楽になった。
毎日されてたから、疲れ切っていたんだ。
どこにも出ることもなく、ご飯の時以外はベッドで眠り続けた。
かあさんは心配したけど、「そのうち、けっこう……出かけるから」そう言って、部屋に閉じこもった。
上掛けが薄いのに変わって、それでもダブルベッド用だから、かなり大きい。それにくるまって、ずっと動けないでいた。
…………ん…
夜……変な時間に、ぽっと目を覚ました。昼間、寝続けたせいだ。
───暗い……
カーテンの向こう側はまだ真っ暗で、街灯の明かりだけがボンヤリ白い。
「………はぁ…」
半分夢見てるような気分を、溜息と一緒に、かき消した。
……緒方君が優しかったから、かな…。久しぶりに、あたたかい腕に抱きしめられたから……きっと。
時々克にぃが側にいるような気配を、感じてしまった。
「…………」
目の前の掛け布団は、ぺったんこ。手を伸ばして、克にぃがいた場所のシーツを撫でてみる。
───冷たい……
そこを撫でながら、克にぃを想った。
──克にぃは……とうさんに、相談したのかな……
あの朝、薄暗がりの中……ひとりで泣いていた克にぃの、シルエットを思い出した。
シーツの擦れる音と、克にぃの震えた声が、重なって聞こえた。
「……………」
撫でるのをやめて、ぐっとシーツを掴んだ。
……してないと、思う。
やっぱり僕……言えない。
青と白の海の中、寝っ転がったまま、隅っこで寝返りを打った。窓に背を向けて、壁と向き合う。
──明日……約束の日だ。
……久しぶりに、先生に会う…
僕は膝を曲げて、ぎゅっと身体を丸く縮こまらせた。何も考えない、何も思い出さないように、両手で耳を塞いで。
「天野君、会いたかった!」
助手席に乗せられて、いきなり桜庭先生に、抱き締められた。
今日の先生は、Gパンに半そでシャツってだけの、克にぃみたいな格好だった。
いつもの、白衣やお出かけのスーツ姿とはちがって、先生じゃないみたい……。もっと、“お兄さん”に見えた。
「…………」
「大丈夫? 元気ない顔してるよ」
頬を撫でながら、心配顔で訊いてくる。
「……ハイ」
結局あれから寝付けなくて、寝不足しちゃっていた。
先生の予定は、朝から僕を呼び出すものだった。一日、一緒にいるためにって。
よくわからないけど……学校の方は、いいのかな。
「………」
一日一緒にって、どこに行くんだろう。ハンドルを握る、シャツから出た長い腕を、ぼんやり見つめた。
「さて、どこに行こうかな」
車を走らせると、先生は楽しそうに言い出した。
「夏休みらしく、動物園とか水族館とか、行きたい?」
「…………」
僕は首を横に振った。そんなとこ、行きたいはず無い。
「よかった。ぼくもだよ」
手が伸びて、半ズボンから出た僕の膝を撫でてきた。
「今日はね、君と行きたいとこ決めてた」
───ここは…!
着いた場所は、建物は違うけど、僕はなんとなく判った。
………ここは、あそこと同じだ……
冬だった。
寒くて寒くて、それでも克にぃと一緒なのが嬉しくて、暖かくて。
薄暗い廊下を、先生に抱えられるように通った。
この雰囲気も同じ。
部屋に着いて、僕は入り口で立ち尽くした。
「─────」
広い室内に、真ん中のベッドいっこだけ。テレビと、お風呂への扉──
……部屋は違うけど、何もかも同じ……
「来たことある? こういうホテル」
先生が優しい声で聞いてきた。サラサラ髪を揺らして、僕を見下ろす。
「…………ッ」
僕は、唇を噛んだ。
来たこと……あっちゃいけない。そんなの、もう、僕にもわかる。
でも、来たんだ。
克にぃとの、大事な思い出の場所……約束の場所だった。
どこまでも行こうって、その約束を一つかなえた日だった。
大切な空間。……僕と克にぃしか住んでない、宇宙を作って……
同じようなホテルで、僕に同じコトをするんだ。
身体だけじゃなく、思い出まで、桜庭先生のものにされる。そんな気がした。
「………」
僕は返事も出来ずに、泣きそうになるのを我慢していた。
「……ここならね」
その頭を、先生がゆっくり撫でる。
「声を我慢しなくて、いいんだよ」
僕の肩を抱いて、ベッドまで歩いた。
「君の素敵な声、たくさん聞かせて」
隅に座らされた。ベッドマットが、軽くはずむ。
………あ
『はー!』
って言って、どさっとベッドに寝ころんだのを、思い出した。
『疲れた?』『疲れてない!』
って言いながら、横になったまま、見つめ合った。
「……や」
「……うん…?」
「ぼく、ここ……ヤ」
大事にしなきゃいけないモノ、いっぱい壊してきた。
黙り込んで、自分だけ我慢して。
でもこれは、克にぃと二人の思い出。
守んなくちゃ、いけないんだ!
「ほかは? ……ここでなくちゃ、いけないの?」
先生を見上げて、必死に聞いた。
「学校は? いつもの通りで、僕……いい! ……お願いっ!」
「何、言ってるの。天野君」
肩を掴まれて、見下ろされた。
「ゆっくりと、他の目を気にすることなく、いつまでも居られるんだよ。ここ以外、ないよ」
「あ……」
身体を掬われて、ベッドの真ん中に横にされた。
「久しぶりだから……」
「あ……せんせ………待って…」
「一回ね」
ズボンと下着を下ろされて、足を開かされた。お尻に顔が、押し付けられる。
久しぶり……変な感触。ぬめっと濡れてて熱い物が、僕の中に入ってくる。
「やぁ……せんせいっ」
生き物みたいに、動き回る。なめ回しては突いて、入り口を押し広げようとする。
「んっ…ぁあ……」
あの感覚が、背中を這い上がる。
次は……いつもなら、自分でもっと足を開いた。そう命令されていた。
でも……
「先生ッ! お願い……僕、ほんとにヤダぁ!」
先生の頭を、必死に押した。
「天野君……、ここ、こんなにしてるのに?」
ちょっと怒ったように顔を起こして、僕を見た。
「………!」
僕の身体は熱くなって、そこはちょっと勃ちあがっちゃってた。
「……でも」
「天野君。声を出すのはいいけど、逆らっちゃダメだよ」
目が、怖い。
「タオル、噛ますよ?」
────!
両腕を掴まれて、目の前で束ねられた。
「手首、縛るよ?」
───や……やだ…あれは……怖い!
「……判ったね、いつものいい子でいてくれる?」
「…………ッ」
掴まれた手に、先生の力がこもった。
頭の中を、恐怖がグルグルまわる。
勇気を出さなきゃ……
克にぃが、教えてくれた。守りたいと思ったら、心が強くならなきゃ、ダメなんだって……
──守りたい…守りたい……僕と克にぃの、大事な空間……
でも───
縛られたときの、心臓が痛かったこと、思い出した。
怖かった……怖かった……身体が勝手に、震え出す。
先生が手を離して、僕を抱きかかえた。一緒に横になって、苦しいほど締め付けてくる。
「そんなに震えないで…君が好きなだけなのに」
「……………」
「君が、堪らないほど好きだ。ぼくと一緒にいてほしいだけなのに」
泣いてるような、先生の声……。
時々、聴いてる気がする。僕を説得するとき、特に……
先生───
震えが止まらない心が、叫ぶ。
うそ……先生、それはやっぱりウソ…!
だって、先生は…僕のコトバ、聞いてくれない。僕のこと、真剣に考えてくれない!
そんなの、克にぃの“好き”と、絶対ちがう……!!
僕も泣いてた。
怖いのと、悲しいのと、どうにもならないっていう………
そう思っちゃう、自分に………痛いほうが、僕、こわい……
……守れないよぉ……克にぃ……ごめんなさい………
離された手をシーツに落として、唇を噛んで、涙だけ流して。
「……………」
先生の顔に、ゆっくり頷く。
「天野君……ぼくの天野君………大好きだよ」
優しいキス。
優しい手。
優しい声。
「…………っ」
先生の物になってしまった僕の身体は、先生に反応する。先生に応える。
身体が熱くなって、高まっていった。
先生が、入ってくる。僕は足を開く……
「んっ………んぁあ……」
いつもの保健室の時のように、声を抑えて、最後までいかされた。