chapter14. heartless love -冷たい愛-
1. 2. 3. 4. 5.
1
ぼくの言うことを、よく聞くようになった、天野君……
日ごと、育っていくのがわかる。
腰つきがしっかりして、手足が伸びて。顔もかなり、細くなった。
そして……
克にいのためにと変化した、あの色香。
育っていく身体は、更に変化して、ぼくの手順で熱くなるようになった。ぼくの望んでいた通りに、身体を造り変えていってくれた。
今は、潤んだ目でぼくを見つめながら、キスをする。……本当に、いい子。
なのに、あの日から彼は変わった。
「……先生」
放課後、入り口付近で立ち止まって、何か言いたげにぼくを見上げる。いつになく、深刻な顔をしている。
───何か、心境の変化でもあったのかな?
ぼくは、いろいろな子のカウンセラーをしているから、表情から大体のことが、わかる。
あとは、その原因と要望。彼らが、何に刺激を受けたのか。その結果、何をやりたがって、なぜ出来ないでいるのか。
それをうまく言葉として、引き出してあげるんだ。
その過程で、彼らは自分なりの答えを、自分自身で見つけ出す。ぼくは、その行程を上手く導いてあげるだけだ。
───でも、天野君。
君の言いたい事なんて、ぼくはもう判ってる。引き出す必要なんて、無いんだ。そんな言葉……。
だから、ぼくが打ち消してあげる。
「何でもないなら、上がって」
微笑んで、ぼくと天野君の聖域に誘う。
でも、真剣な眼をしてぼくを見上げて……あの時は本当に、焦った。
口だけ動かすその仕草を見たら、一瞬、頭が真っ白になるほど。
───また声を失った!?
………何にそんな衝撃を…!
その不安がぼくを、突き動かした。
この素敵な声は、もう、ぼくのものだ。それに、やはり喋っているときの天野君はとても可愛い。もう二度と、あんなふうになって欲しくなかった。
「……イタッ」
小さな叫び声で、我に返った。
「あッ……出る。よかった、声、出るね?」
「…………?」
当惑したような、天野君の目。ぼくはしゃがみ込んで、天野君の肩を力一杯掴んでいた。
ほっとして微笑むと、困ったように見つめ返してくる。
…………天野君。どんな顔をしていても、君が愛しい。
だから、絶対に手放さない。君から、ノーなんて、言わせない。
「何でもないなら、上がって」
まだ何かを言いたげで。それでも、黙ってズボンを脱ぎだした。
綺麗な足が露わになる。産毛すら生えていないような、すべすべの肌。スラリと伸びたラインが、まるっきり女の子のようで……
でもシャツの裾で見え隠れする、可愛いお尻と前のモノは、ちゃんと男の子のそれだった。そのギャップが、ぼくを刺激する。
…………?
やっぱり、何か変だ。思い詰めたような目で、時々ぼくをじっと見る。
愛撫する時、指を差し込む時…、ぼくが入った時も……
小さく開いた唇は震えて、舌が何かを訴えようと、ぴくんと動く。ぼくは何度も、何? って、聞き返しそうになった。
でも……切っ掛けを与えてしまう。
「イヤ」と言い出してしまう。
「ヤメテ」とは、言わせない。
ごめんね、天野君。……ぼくのほうが一枚上手に、立ち回る。
「……ふぅ」
グラスのブランデーを飲み干して、息をついた。
「どうしました? 桜庭先生」
隣のスツールに、柴田先生が座った。
「せっかくの終業打ち上げなのに、溜息なんて」
「……溜息……ですねぇ」
すでにかなり酔っていたぼくは、カウンターの向こうにロックを追加注文して、呟いた。
「二次会までは、出ないと思ってましたよ。喜んでる先生たちがあっちにいるのに。混ざらないんですか?」
柴田先生が、後ろを見ろと顎で指す。
店の奥では、テーブルを囲んで盛り上がっている集団がいる。甲高い声がぼくたちの会話まで、掻き消しそうだった。
「………」
横目でその騒ぎを一瞥して、バーテンから受け取ったロックを、舌先で舐めた。
ぼくみたいな保健医は、職員室には出入りしないから、他の先生方との交流があまりない。
こんな集まりに参加しても、友人と呼べるほど親しくしている先生が、いるわけではなかった。
強いて言うなら、尊敬してるこの人……
「柴田先生が、いるから…」
冗談ぽくそう言うと、先生はちょっと顔を曇らせた。
壮年期をそろそろ抜ける落ち着いた雰囲気が、ベテランを思わせる。この先生が、一人の生徒のことでずっと後悔していたなんて、驚きだった。
「ほんとは…ただ飲みたいだけです」
一人で部屋で飲んでいても、いつも天野君を思い出しては、胸が痛くなった。
「桜庭先生……何か、悩みでも?」
……さすが、柴田先生。
「───柴田先生は、ビールですか」
手元のグラスを眺めて、ぼくは答えにはならないことで返事した。
「教師のカウンセラーは、やっぱり教師……私でよかったら、聞きますよ」
グラスをちょっと突き出して、乾杯のポーズを取ると、ぼくをじっと見つめてきた。
「……先生も、話しを聞くときは、そうやって目を見るんですね」
「はい…。目の色が、一番心を写しますからね」
「……そうですね」
ぼくも同じ。何かを訴えようとする子供達の目を、じっと見て、待つ。下を向いていた子供達は、見つめ続けていると、重い口を開き出すから。
覗き込んでくる柴田先生の目は深いグレーで、生徒を安心させるような暖かな光を放っている。
ぼくも……酔いが手伝って、心が零れ出してしまう。
「あの子は、周りの誰よりも、一見とても幼いのに……」
「…………」
「その心は、とても強いんです」
唐突なぼくの言葉に、片眉をちょっと上げて、それでも黙ってビールを飲む。
「好きって、どんなに伝えても受け入れて貰えないのって、寂しいですね」
言うつもりのないことまで、言ってしまった。
目を反らして顔を赤くしたぼくに、横に座ったカウンセラーはとんでもないことを言い出した。
「もしかして、小坂先生ですか?」
「………え!?」
「ダメだなあ、横恋慕は!」
笑いながら顔を寄せて、小声で言う。
「彼女、恋人いるの…先生も知ってますよね?」
落ち着いた雰囲気で、肩を揺らしながら片目を瞑ってみせる。
───こ…小坂先生…?
ぼくは思わず、テーブルの集団に視線を走らせた。
ひときわ小柄な可愛らしい女性が、ちょこんと座っている。近々結婚するとかしないとか噂の立っている、低学年を受け持つ先生だった。
「あは…先生、残念ながら、彼女じゃないですよ」
視線を戻して、笑った。
そうか、柴田先生には……普通は、そうか。ぼくは誤解を解かずに、別人とだけ言った。
「ぼくの好きな子は、もっと可愛いです」
「おやおや」
「先生……ぼく、やっと本当に好きな人、見つけたんです」
「やっと? 桜庭先生なら、モテるでしょうに。今まで、いい人はいなかったんですか?」
「………」
ぼくは口の端だけで笑った。
自分が好意を持たれやすいのは、自覚していた。いつも誰かしら言い寄ってくる娘と、恋人ごっこはしていた。
でも、女性と本気で付き合ったことなど無かった。仕事に夢中だったせいもある。
そして……生徒にも、こんな感情を持ったことはなかった。
「その子にはすでに、パートナーがいたんです」
溶け始めた上澄みを舐めながら、グラスの中の氷を回した。
「横恋慕だったけど、今はフリーなんですよ………たぶん」
「たぶん?」
柴田先生は、今度は両眉を上げて、不可解な顔をした。
「ぼくを受け入れてくれて、けっこう経つけど…笑顔を見せてくれないんです」
何、喋ってんだ、ぼく……。
残りの液体を、一気に煽った。喉が灼け付く。胃の中まで熱くなる。
「いくら桜庭先生でも、無理矢理はダメですよ」
窘めるような笑顔……率直な言葉。
「…………」
返す言葉がないまま、ぼくは酔いつぶれて、寝てしまった。