chapter14. heartless love -冷たい愛-
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夏休みも、終わりに近づいた頃───
約束の時間になっても、天野君が姿を現さなかった。
あれから、ディルドでのお尻拡張はやめてあげた。
その代わり、なるべく長い時間繋がっては、彼を愛した。玩具から開放されて、彼の表情も柔らかくなっていたと思う。
一回だけ、天野君のリクエストで、山奥へドライブに行った。
明確な地名や方向が判るわけではなく、“あっちの方”と指さした山を目指して、国道をずっと下って行った。
かなり走った後、国道を外れて、沢に寄り添った道に車を停めて、降りてみた。
天野君は、助手席から飛び降りると駆けだして水に入り、ぼくの心臓をヒヤッとさせた。
駆けつけると、浅く緩い流れの真ん中で、立ったまま空を見上げていた。
視線を追ってぼくも仰ぐと、山間の隙間から、真っ青な空と真っ白な入道雲が覗いていた。
「先生……ひとりで来たって、楽しくないよぉ……」
帰りにそれだけ言って、僕の膝に顔を埋めて泣き崩れた。
「……………」
運転しながら小さな頭を見下ろして、ぼくも寂しかった。
“ひとりで来たって”
その言葉が、ひどく堪えた。
───それにしても……どうしたんだろう?
騒がしくなってきた蝉の声で、物思いが途切れた。
少し先にある左側の小道を、眺める。
いつまでも待っていても姿を現さない天野君が、心配になった。
ここにきて、すっぽかすような子じゃない。胸騒ぎを覚えて、車から降りた。
途端に蒸した空気と、降るような蝉の声に包まれた。
ゆったりとした住宅地で、街路樹が多いためだろう。
「……………」
これを聴くと、夏の初めを思い出す。
『セミ、大好き!』
そう言った、元気な声……華やかな笑顔。
あの子をもっと笑顔にさせたくて、一生懸命に蝉を探した。ぼくは年甲斐もなく、童心に戻っていた。
「………ふ…」
思わず、クスリと笑ってしまった。
───え…、今のは……!?
その時、蝉の喧噪に交じって、何か聞こえた。
天野君の姿を探しながら、かなり彼の家の近くまで来ていた。
背丈ほどもあるネットフェンスに囲まれた、ちょっとした広場のある公園に入ったとき、奧の茂みの影で叫び声がした。
駆寄って覗き込んで、今度こそ驚いた。
「天野君ッ!?」
数人の中学生くらいの男の子達に囲まれて、地面に押さえ付けられている少年。四方から手足をそれぞれに掴まれ、口も無理矢理に塞がれて。
その衣服は、殆ど剥ぎ取られて……
「何をしてるんだ、君たち!!」
瞬間、怒りで、腹の底から低い声が出ていた。
「早く退きなさい!」
驚いて逃げ始める子供たち…でも、動かない子もいる。
ぼくは天野君の上に乗っかっている大きな子を突き飛ばして、横たわる小さな身体の隣りに跪いた。
────酷い……!
殴られたように頬が赤い。涙がその上を、伝い続けている。
完全に脱がされている下半身は、お尻や膝が擦り傷だらけだった。
そして、顔や身体……いたる所に、数人分の精液が掛けられていた。
───天野君…!!
あられのない姿に、ぼくも動揺してしまった。自分のシャツを脱いで、その腰を隠した。
「せん…せ……」
抱え起こして胸に抱き締めると、掠れた小さな声を絞り出した。
言葉はそれっきりで、震える手がぼくのアンダーシャツをしわくちゃに握った。
………なんてことを!
「君たち! こんなことして、許されると思っているのか!?」
ぼくは周りを取り巻いている中学生達を睨み上げた。その中に、小学生がひとり、交じっていることに気が付いた。
「平林!?」
「……サクラバ…」
バツが悪そうに、顔を歪めている。
「君まで……」
平林健二……問題児で、数人の先生方から時々相談を受けていた。
両親も、教員室に訪れたことがある。我が子ながら、手に負えない──助けて欲しいって。
その頃はぼくも、真剣にその話しを聞いていた。
「なんだ? コイツ」
天野君に跨っていた、ぼくが突き飛ばした中学生が、平林を見た。
「オレのガッコの、保健のセンセー…」
「げ、センコー?」
他の中学生達が、鼻白んだ。
「平林……君がこんな事に、関わっているなんて」
ぼくは腕の中で震えている体から、何かを思い出した。
───あ!
「まさか……以前も君たち、この子に酷いことをした!?」
この震えは……この怯え方は、まるっきりあの時のものと同じだ。
取り戻した声と、引き替えにされた代償……
「はは! 知ってんだ、あのこと!」
楽しそうに、リーダー格らしいその大きな中学生が笑った。
「笑う事じゃない! 許さないよ、君たち!」
「うるせーよ」
「やっちまえ」
「センコーったって、弱そうだぜ、コイツ!」
口々にそう言い出すと、しゃがみ込んでいるぼくの背中を、蹴飛ばしてきた。
───アッ! 天野君まで蹴られそうで、腕の中に抱え込んで、背中を丸めた。
「ひゃはッ! 弱ェー、コイツ!」
「殴れ、殴れッ!」
罵声と、嘲笑が飛び交う。ぼくは天野君が傷付かないように、必死に抱え込んで庇った。
「センコーッ、コレでくたばれ!」
「───!?」
─────痛ッ!!
鈍い殴打音と、激しい衝撃が、ぼくを襲った。
振り向いた斜め上から、木刀が振り下ろされていた。
「うぁあッ……!!」
激痛に耐えきれず、思わず叫んでしまった。
気が遠くなりそうな痛みに、意識が薄れかけた。
その時、抱えていた小さな体が、少し身動いだ。
「せんせ…どぉして……」
絞り出された、微かな声……泣きそうに掠れている。
その声で、ぼくの意識は持ち直した。
「あまの……くん……」
───どうして?
痛すぎて回らない思考の中に、その言葉が繰り返し響く。
何言ってるんだ。
こんな状況で……ぼくが助けなきゃ、天野君がもっと酷い目に遭う。
腕の中の、小さな体を守らなければ!
それだけで、身体が勝手に動いていた。でもそんなこと、考えるまでもないことだ。
「当たり前だよ! そんな話しは…あと……!」
暫く、殴る蹴るが続いた。
「どうしたよ、センコー! さっきの勢いはもう終わりか!?」
攻撃の手を止めたリーダーが、大口を開けて笑った。
───この不良たち……!
「君たちこそ、いい加減にしろ!」
血で真っ赤になってしまった視界で、リーダーを睨み付けた。平林にも、怒鳴りつけた。
「これはれっきとした傷害だよ! いくら子供でも、罪になる!」
「………ッ」
ぼくの気迫に怖じ気づいたように、平林が奥歯を噛み締めた。
「こんなことして、君の未来は本当になくなってしまうよ!」
月並みだけど、今はこれしか出てこない。それが今、一番言うべき言葉だったから。
「取り返しがつかなくなる前に、止めなさいッ!!」
ご両親の心配、先生方の心配、ぼくの怒り……彼への想いが爆発したような、叫びだった。
「うるせぇ!」
平林は噛み殺したような声で、呻った。もの凄い憎しみの目で睨み付けてくる。
「ぼくが病院に行って、警察に行って……君たちの名前を言えば、それで君は最後だ」
ぼくは更に追い打ちを掛けようと、泥だらけになってしまった手で、携帯を掴み出した。
「なんなら、今すぐ警察呼ぶよ!」
すぐさま、3桁のボタンを押した。
顔半分を血に染めているぼくの形相は、目を吊り上げて、凄まじいものだっただろう。
「お…おい、ヤベーよ!」
「逃げろ!」
取り巻き達が、バラバラと逃げ出し始めた。