chapter14. heartless love -冷たい愛-
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「……………」
平林は、突っ立ったまま、動けないでいる。
あとはリーダーだけが、残った。
「ヘッ! 俺らの名前なんか、知らねーだろうが!」
バカにしたように、そいつはまた笑った。
「平林君が、話すよ」
「……おい、健二。チクる気か?」
ジロリと平林を睨み付けて、目で脅した。
「…………」
「平林君、わかる? こいつは君一人に責任を押し付けるつもりでいる」
「………」
「君の仲間なんかじゃない。見捨てられるだけだよ」
不安と疑惑が入り交じった顔で、平林はリーダーを見つめ返した。
「………シンヤさん」
「バカッ……健二!」
その遣り取りを見て、ぼくは悲しくなった。
こんな子供達が…。
単純で、まだどこか純粋で、世の中なんか全然、解り切れていない。
それなのに、目先の快楽だけ求めて、こんな酷いことをする。ぼくは携帯のカメラで、二人の写真を撮った。
「アッ」
リーダーの顔が、サッと青ざめた。撮った写真を、すぐさま自分のPCメールに送信した。
「この携帯を壊したって、証拠はもう消せない所に送ったよ」
「…………!!」
言葉を無くしている二人を、もう一度睨み付ける。天野君を抱え直して、厳しい口調で言い渡した。
「平林、……それから君も! 警察沙汰にされたくなかったら、二度とこの子に手を出すな!」
「……生徒を脅すのかよ」
苦し紛れに、平林が非難の声を上げた。
「言えた立場か! いいね、これは取引だよ。子供だからって、容赦はしない。そのくらいわかるね?」
ぼくの再燃した怒りに、二人は渋々と頷いた。
「わかったらもう帰っていい! 目障りだ!」
ぼくの最後の言葉に、憎々しげに舌打ちしながら、二人は走って去っていった。
「………痛ッ」
去って行く後姿を見極めて、ホッとしたら痛みが戻ってきた。
左目の上を手で押さえると、手の平が血でべっとりと濡れた。
────くぅッ……
腕を動かした時、左肩に激痛が走った。天野君を抱えていられなくなって、小さな身体を地面に降ろした。
「せんせい……」
ぼくが掛けてあげたシャツで腰を隠しながら、起きあがった。
「ケガ……ひどい……」
真っ青な唇を震わせて、ぼくを覗き込む。
「……平気だよ」
「でも……」
「天野君は? アイツらに、何をされた?」
ぼくの心配はそっちだった。傷は痛いけど、心はもっと痛かった。
「…………」
青ざめた顔が俯いて表情を隠してしまうと、黙り込んだ。
「天野君!」
心配でつい、叫んだ。出来ることなら腕を掴んで、身体中を調べたかった。
ビクンと肩を震わせると、やっと聞こえるような小さな声を絞り出した。
「あの、大きな人に……」
ポロポロと泣きだした。
「……犯られたの?」
ストレートに訊くと、ブンブンと首を横に振った。それを見て、とにかくぼくは安心した。
「……よかった。……ゆっくりでいいから、教えて」
泣きながら話し出した内容は、指を挿れられたり、口に性器を押し込まれたり……第一段階の悪戯を、ねっちりやられたようだった。
「ひ……平林君が……これは、好きなヤツにヤル行為なんだから、素直に受け入れろって……むりやり……」
泣きながら、気持ち悪そうに咽せている。
この小さな口に、あいつらの汚いモノをねじ込んだなんて。ぼくは頭の中が真っ白になった。
動く方の腕で天野君を抱き寄せると、胸に顔を埋めさせた。
「そんなこと、アイツ…言ったの……」
「……うん」
───何が、好きなヤツにやる行為だ…わかったような言葉を使って!
「そんなの、今回のには当てはまらないよ! 好きなんて言って…!」
ぼくは怒りで、言葉を詰まらせた。
アイツが“好き”なんて言葉を、盾に取ること自体、ぼくには許せなかった。本当に好きなら、こんな集団で暴力振るうなんて出来るわけない!
ぼくを見上げてくる、泥と掠り傷だらけの頬を撫でた。
愛しくて……指先から、天野君のエネルギーが流れ込むようだ。
この子に触れているだけで、ぼくの身体は癒やされる。
「好きって言うのは……愛って言うのはね、相手の幸せを願う事であって、こんな酷いやり方で押し付けることじゃないんだ!」
「……ッ!」
「こんな、性処理のために、体だけ襲うなんて……」
───あッ!
怒りにまかせてそこまで言って、息が止まってしまった。
「………………」
……それ以上、喋れない……
───偉そうなこと言って…ぼくもなのに……
こんな痛みを帯びた暴力じゃないけど……言葉の暴力で、従わせてる。
……ぼくだって。天野君の幸せを願ってなんか、いない。
目の前の顔も蒼白になって、ぼくを凝視していた。
“先生もでしょ”
そう訴えられている気がして、見つめ続けていられなくなって、目を逸らした。
それでも……
顔を見れずに、それでも肩を抱き寄せた。
───君が好きなんだ……
温かい身体を抱き締めながら、言葉には出せなくなってしまった。
“本当の愛”なんて、語ってしまって───
「痛……」
失笑した途端、頭に激痛が走った。
「先生……!」
慌てた天野君が、流れ続ける血を見て悲鳴を上げた。
「びょういん……病院、行かなきゃ……」
「……うん」
「僕も行く!」
「……ダメ。…このケガに君が関わっていることを、誰かに知られたらまずい」
「………先生……でも……でもぉっ……!」
泣きながら、僕を見つめる。
さっき見せた怯えなんか、何処にもない。このケガの心配だけを、一心にしてくれている。
「……本当に、平気だから」
ぼくはもう一度、天野君を抱き締めた。
…………優しい子。
この子の心は、ぼくよりずっと深い……
「いいね、この事は絶対に内緒だよ」
「せんせい……」
「ほら、もう帰りなさい。ぼくもすぐに、病院に行くから」
促されて着衣を正した天野君は、ぼくを何度も振り返りながら帰っていった。
決して振り向かなかった、天野君が……
その姿を見送って、ぼくもなんとか病院に行った。
額を3針縫合、左上腕骨折、肩胛骨にヒビ、という、なかなかの重傷だった。
病院でも学校でも、当然のごとくしつこく原因を聞かれた。
たまたまチンピラに絡まれたと誤魔化していたけれど、柴田先生だけは信じてないようだった。
こんな怪我を負ってしまい、夏休みの密会はそれっきりになった。
新学期が始まっても、しばらくは何も出来なかった。
怪我を心配した天野君は、何も言わなくても、保健室に来てくれた。
「いるだけなら……嫌じゃないから……」
そう言ってくれる。
………本当に、優しい子。
ぼくはあれ以来、ずっと考え込んでしまっていた。
わかっていた。
ぼくの行為と平林達の愚行が、同じことぐらい。
……痛みが伴わなければ、それでいいか。
……無理矢理手に入れて、上手く懐いてくれればそれでいいのか。
───そんなこと、ないことも……
でも……ぼくは確かに天野君を、愛してしまって……
この子が目の前にいる限り、この衝動は抑えられない。
高ぶる気持ちと身体は、天野君でないと……静められないんだ。
ぼくはあの時、スイッチが入ってしまったことに、本当の意味では気付いていなかった。
自分の行為を正当化し、我欲を通し続ける。
───もしちょっとでも、天野君の優しさを見習っていたら……
違う路があったかもしれない。
でもぼくには、そんな世界で生きている意味なんて、すでに無かったんだ。
天野君……
ぼくの身体は、君を温めないって言ったね。
本当に、そうだったんだ。
身体ばかり求めて…………心なんか、なかった。
でもね、君の頑なな心は、決して手に入らない。
だからぼくも、心は後回しだった。
これからも……君が手に入らないなら、心のない愛を貫く。
気付いた以上、もう目を背けない……そう決めたから。
呪縛という鎖に繋いででも、手の中に入れておく。
天野君…………君が、好きだから──────
-第3部 完-