chapter4. soul awakening 覚醒 -魂をかけて-
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「柴田……せんせ……」
一度安心して、揺るんだ神経が、また張り詰めた。
体中が、痛いくらい痺れた。
「…………」
柴田先生………桜庭先生の、いきなり言い出した作り話を、じっと聞いてる。
……まって………先生……そんなウソの話し、聞かないで………
でも……先生の顔は。
話し通りのこんな格好の僕を、冷たい眼で、見下ろして。
口元を動かして、一瞬…………
「…………!!」
……なに……?
……わかんない……でも、そんな表情……!
まさかと思った。
だって、こんなこと……いくらなんでも、先生、信じるの?
僕がほんとうに、いやらしい子で、霧島君に変なこと……
「………………」
足元から不安が、突き上げてきた。
何も言わずに、僕を眺める柴田先生……両目は怖いくらい吊って、口の端は笑ってるみたいに見えた。
───もしかして、柴田先生も……仲間?
……桜庭先生の味方、どころじゃなくて……
そんな恐怖まで、浮かんだ。
本当は柴田先生は、全部知ってるんだ。……とっくにあれを、見てるんだ!
だってだって、先生たち、すごく仲がいいよね……
ほんのちょっとの瞬間に、頭の中がそんなことまで、グルグルした。
よく考えれば、そんなはず無いのに。
そんな余裕も、ない。
不安が孤独感に、すり替わって行く。
───見放したような、先生の眼が……僕を…剔っていく。
「しばた…せんせい……」
説明しなきゃ……
僕も、何か言わなきゃ……声を絞り出した。
「先生……聞いて……」
「天野君! 言い訳は、よしなさいッ!!」
「……え?」
僕の声に被せるように、桜庭先生がキツイ声を上げた。
僕を振り向いて、睨み付けてきた顔には、あの冷たい怒り。
「─────!」
僕が反抗するたびに、見下ろしてきた。
“お仕置き”だと脅して。ごめんなさいを、どれだけ言っても許してくれない。
身体が、自分のモノじゃなくなるまで、いつも……いつも………
「…………」
その眼に飲み込まれて、声が出なくなった。
繰り返し受けたその恐怖が、心にも身体にも、どうしようもないほど、染みついていた。
「………ぁ……」
何か言い返そうとしたのに、喉が掠れる。
冷たい汗みたいのが、背中をどんどん流れていく。
僕の顔色を見て、桜庭先生は“それでいい”というふうに、ニコリと微笑んだ。
そして、柴田先生に再び向き合うと、また真剣な声で喋りだした。
「柴田先生。この子達の行為は、とても………見過ごせるモノではありません」
非難しながらも、心配げな顔を作って、僕たちをまたちらりと見て。
「でも、恥ずかしい行為だけに……公にしてしまっては可哀想です」
「………………」
「この子達の名誉の為に、私たちだけで対処してあげたいのですが」
「えッ? ───ま…待てよ、おいッ…!!」
霧島君が、慌てた声を出した。
このままで行くと、本当に僕たちが悪い子のままで。
柴田先生が、それを信じて一緒に叱り出すんじゃないかって……
「…………」
僕は一言も何も言わない柴田先生を、じっと見つめたまま動けなかった。
桜庭先生を嫌いって、言った意味。
僕が送った写真……
それは、保健室のベッドの上。
見れば、わかる。そう思ってた。
証拠があれば……
でも、これは……この状況は……?
僕の格好と、桜庭先生の説明。
これだって、証拠……だよね。
「……………」
何か言わなきゃ。
僕だって、説明しなきゃ……
今こそ、言わなきゃいけないのに。
柴田先生の目が、僕を見つめ続ける。
なのに、斜め前に立っている、桜庭先生の背中が怖い。無言の圧力で、僕にまだ絡んでいる鎖を、離さない。
「………はぁ………はぁ…」
恐怖と緊張で、呼吸困難になっていった。
「天野」
すぐ横で、優しい声が囁いた。
「…………」
首を向けると、目の前に霧島君の顔。
縛られたままの体を、出来る限り前に倒して、僕に顔を寄せて。
怒ったような、怖い目で、睨んでいた。
「天野……言え」
「……………!」
「オマエが説明しろよ! ホントのこと、言えよッ!!」
「霧島……くん」
「お前が言わなきゃ、何も変わんねーんだよッ!!」
「─────!!」
真剣に僕を想ってくれて……だからこそ、睨み付けてくる。
また胸が、熱くなった。
冷えていた背中が、じんわり温かくなっていく。
僕は握り拳を作って、そのまま震える自分の身体を、抱き締めた。
───自分の口で、言うって……
写真を送るより、何百倍も勇気がいることを、この時知った。
「……………」
顔を上げて、柴田先生の目を、見た。
「──────」
僕の視線に、先生は何も言わずに、顎だけ引いた。
じっと待つみたいに。
僕を助けたいって、言ってくれた……“教えてくれ!”って、何度も叫んだ……あの目だ。
写真に、縛られてたけど………こんな僕を知られるっていう事実が、ほんとに怖かった。
桜庭先生に、何度も繰り返し言われた。「恥ずかしいね」って、せりふ。
心からそう思って、自分を嫌いになった。
同じだけ、嫌悪されるって……それが…怖かったんだ。
だけど……
「しばたせんせ……ぼく……」
「天野……君? ……何を…!」
「僕、桜庭先生に……」
「…………悪戯されてた」
桜庭先生の塞ごうとする声を、聞かないように。
恐怖で声が、詰まらないように。柴田先生の顔だけを見て、必死だった。
「毎日……毎日……ここで、酷いことされてた」
「何を言ってるの……君が、困ってるから……」
「僕は嫌だったのに、……イヤって言ったのに、写真で脅されて……」
「天野く……」
「……僕ッ……もう嫌だよッ───助けて……!!」
泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ……!
もっと言わなきゃ!
自分に言い聞かせながら、声を絞り出していた。
「弄られるのも! 言わされるのも! 恥ずかしいこと…全部もうやだ!! ……ヤダよぉ」
ずっとずっと、言いたかった言葉……それだけを、探して。
「……しんじて……信じて……柴田先生! ……僕を助けてぇ!!」
涙は我慢したのに、それ以上は、声も出なくなった。
「…………はぁッ…」
立っていられない。先生を見上げたまま、床に座り込んだ。
お尻が直接冷たいはずなのに、そんなの気が付かないほど、ただ見つめた。
「──────」
目を見開いて、見下ろしてくる柴田先生。………その顔が、小さく頷いたように見えた。
「天野君! 君はうそばっかり…!」
すぐ斜め上から、怒りに震えた、低い声。鋭い刃のように閃いて、僕に振りかざしてきた。
逆光で真っ黒のシルエットが、眼だけ光らせて、僕に覆い被さる。
“お仕置きが、まだ足りない? あんなに教えてあげたのに! 後で、覚えておいで!”
「─────!」
真っ赤に充血した眼が、これでもかと僕の心臓めがけて、叫んできた。
ぱっと体を翻して、また大人の声を出す。
「柴田先生……こんな子供の言うことは……」
「もういいですよ、桜庭先生」
ずっと黙っていた柴田先生が、静かに声を出した。
「桜庭先生……私は…先生が生徒を想う気持ちを、心の底から信頼していました」
「…………」
「自分には無い、包容力や安心感のようなオーラを貴方から感じて……一人でも生徒が笑顔になれるならと、貴方に託す想いだった」
言葉を切ると、スーツの胸元から携帯電話を、取り出した。
「天野からこれが来たときは、信じられなかった。それ以前から、天野の言葉も聞いてやらなかった」
「……これって」
桜庭先生が、ハッとしたようにその手元を見て、僕を振り返った。
「貴方に直接訊くしかないと、来てみたら……」
柴田先生も、僕を見た。
さっきと違って、すごい哀しい目だった。
「まさか……本当に、こんなことを……」
首を振って、呻るように歯ぎしりをした。
携帯をスーツに戻すと一歩近寄って、真っ直ぐに桜庭先生を見据えた。
「桜庭さん、“子供の言うこと”を聞かなくて、……私たちが聞かなくて、どうするんです!?」
「──────」
「その言葉で、“先生”は失格ですよ」
「や……何を言って、柴田先生まで!」
薄笑いを浮かべて、縋るように桜庭先生は、大声を出した。
「こんな子に騙されるんですか!? ぼくは、生徒を想って……」
「いくら貴方でも、もう無理だ」
「俺は、天野を信じる」
「─────!」
「勇気を出して、俺に教えてくれた……その子を!」
……………柴田先生……
目の前の出来事が、なんだか信じられない。
先生の太い、力強い声───周り中真っ白になって、その声だけが、僕を包んだ。
──天野を、信じる──
その言葉だけが、耳の奧に響いた。
…………先生……
「天野……よく言った」
僕を見た先生の口元が、顔が、歪んでいって……
「………ごめんな、判ってやらなくて」
その目尻から、ぽろりと光が零れた。
「………あッ!」
つぎの瞬間、柴田先生の拳が、桜庭先生の顔を横殴りにしていた。
床を踏み込む足音。
骨を殴るような、凄い音。
「────────!!」
悲鳴も上げずに、桜庭先生が僕の横に倒れ込んだ。