chapter9. strange world -異世界-
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「─────」
慣れない静けさで、目が覚めた。
部屋が色彩にあふれ……でも、布団は真っ白だ……
妙に肌寒くて、肩までそれを引き上げた。
────シン
音が、空気に吸い込まれていくようだ……
そして、この寒さ。
二つの記憶が蘇った。
『雪だね』
メグが、ぽつりと言った。
窓を見ると大きな牡丹雪が、真っ白な空から舞い落ちてきていた。
俺が悪魔の影に脅えて……
恵ごと部屋の中に引きこもった、冬の日だ。
「……………」
恵から笑顔が消えて、俺は黙り込んでしまい…どうしていいか判らなかった。
霧島が雪の中『天野を解放してください!』って言いに来やがって……
「……克晴…起きたのか?」
いつものオッサンの腕だと思った。後ろから抱き締められた。
「───雪が…」
「…………?」
蘇ったもう一つの、古い記憶。
雪が降っていた……最後のあの日。
『僕から解放されて、よかったな。じゃな』
それだけ言って走り去った車は、吹雪ですぐにかき消された。
俺はあの時も、雪の中……呆然と立ちつくしていた。
────なんでこんな……
どっちも苦々しい記憶……胸が…苦しくなる。
「寒いのか?」
オッサンよりずっと太くて大きな腕が、俺を背中から包み込んだ。
…温かい……
両足も膝で挟まれて、全身が絡むように密着させてくる。
──そうだ、ここは……俺の、三つ目の異世界……
青と白のベッドでなければ、何もかも白一色でもない。
シンプルだけど、彩のある部屋。
「……………」
壁には大きなタペストリーが、掛かっている。
燃えるような紅色…。鮮やかなそれは、この部屋では、特別な存在感があった。
目の端に入ると、まるでシレンがそこに居るような気がする。
メイジャーの寝室に、ベッドは一つ。
上下と左側を壁に囲まれている。
足側の壁に、鉄製のドア。
頭側に、サイドテーブルとシェードランプ。あとは向こうの隅に、机と棚しかない。
ダブルベッドは大きいけれど、ボスの隣は、俺だけだった。
……シレンは…どこで寝ているんだろう……
寂しそうに揺れたグレーの瞳が、何故だか胸を離れない。
チェイスと対している時の冷たさはとは、まるで別人だった。
「…………あ」
ぼんやりしていたら、首筋に優しいキス。
吐息や素肌の温もりが、体の冷えを教える。
寝る時に犯られたから、二人とも何も着ていなかった。寒いはずだ。
「肩が冷え切っているな。温めてやるよ」
大きな掌が、肩や腕、胸と、ゴシゴシ擦り出した。
───え……
撫で回すのかと思った手が、力強く肌を擦って摩擦熱を生み出していく。
「……………!」
「どうした?」
ぽかぽかしていく肌を感じて、また懐かしい記憶───
『寒いときは、こうやって擦ると暖かいんだ!』
服の上から、恵の体をやたらめったら擦ってあげたことがあった。
冬の日、校門前で待たせてしまった時だ。
きゃっきゃと喜びながら、『僕も! 僕も!』と、小さい手を伸ばしてくる。
でも上手く擦れなくて、べそを掻きだした。
『メグを擦ってると、兄ちゃんまで暖かくなるよ!』
しゃがんで膝の間で抱き締めて、熱い息を首筋にかけてあげる。
『ひゃ~! あったか!!』
くすぐったがるメグの息も、俺の頬に暖かかった。
「……………」
さっきよりもっと、胸が痛い。
………こんなこと、まだ思い出すんだ。
メイジャーの俺への扱いは、とことん優しくて……挿入以外は、ぬるま湯に浸かっているようだった。
セックスだけじゃないスキンシップで、俺に触れる。
甲板に出れば、冷たい風から庇うように懐に包む。
その腕の中で……俺は、冬の霞んだ空を見つめながら、どうしていいか解らなくなった。
「また、その目だ」
「……え」
グイッと体を回転させられて、仰向けになった俺の胸に、メイジャーが跨ってきた。
「オマエはまだ、オレを見ない」
黒髪を掻き上げて、乱れたオールバックを直しながら、顔を近づけてくる。
「……いや、何も見ていないのか…自分さえも」
「……………」
「そのうち、心を開くと…開かせてみせると思っていたが、なかなか頑固だ」
呆れたように笑うと、顔を離した。
「オマエのその顔を見ると、欲情する」
「──────!」
腰を突き出して、反り返っている怒張の先を、当然のように俺の口に突き立ててきた。
「昨日は激しかったからな。今朝は口でいい、咥えろ」
…………………!!
オッサンのを無理矢理、口に……あの時の記憶が、全身に鳥肌を立たせた。
「嫌だッ!」
考えるよりも身体が先に、拒否していた。
迫ってくる腰を両手で押し離して、跨られた膝の間から這い出そうとした。
「ダメだ。フェラで許してやるんだ、しっかりやれ」
腕を掴まれて、またベッドの中心に引き戻された。
「………ッ!」
膝立ちで跨って、座らせた俺の頬に打ち付けてくる。両肩をガッチリ押さえ込まれて、距離を離すこともできない。
「オマエのテクを、見せてみろ。どんな風に仕込まれているんだ?」
言いながら、赤黒く光っているそれを唇に押しつけてきた。
「んん───ッ!」
咽せる臭い。口を無理やり、こじ開けられた。オッサンの比じゃない質量が、口の中に入ってくる。
後ろに挿れられる時の圧迫感と、同じ恐怖───
口を犯されている……そんな屈辱感も、込み上げる。
───こんなこと!
結局メイジャーも、同じだと思い知った。
心が絆されそうで、不安だった。でも、普段乱暴じゃないってだけだったんだ。……欲望を、自分勝手に押しつけてくる!
「んんっ……んっ!」
何をどうしていいかもわからず、藻掻いた。
「ちゃんと舌を絡めろ。唇でしごけ」
頭を押さえつけて、前後に腰を振ってくる。喉の奥まで突き立てられて、えづいた。
「グ……ッ」
吐きそうになった俺の様子に、メイジャーが気付いて腰を引いた。
「…………克晴?」
「ゲ…ゴホッ……」
───殴られる……!
咽せながら、そう、覚悟した。
でもメイジャーは、驚いた顔で俺を覗き込んできた。
「オマエ………こっちは、仕込まれなかったのか?」
「──────」
口を腕で拭いながら、その目を睨み付けた。
「……だったら、何だよ?」
「マサヨシは、強要しなかったんだな。……克晴がよほど、大事だったらしい」
「………?」
意味がわからず見上げた俺の頬を両側から、大きな両掌が挟んだ。
苦しくて滲んだ目尻を、ゴツイ親指が擦る。
「強引なフェラは、苦痛しか与えない。……マサヨシがオマエを、どう扱っていたのかが判った」
───大事に…? ……よく言う。
「それっぽっち、大切にされたって……!」
手を振り払って、メイジャーの下から抜け出した。
「嫌なこと無理やりってのは、何だって同じだ! ……メイジャー…アンタも」
教会の時みたいに、壁を背にベッドの端に追いつめられた。
迫力がオッサンとは、何もかも違う。こんなに抵抗したら、今度こそ殴られる…そう思いながらも、口が止まらない。
「快感が伴えば、俺が喜ぶって? ……ふざけんな……」
噴きだした怒りは、哀しみなのか。
「俺は結局、モノ扱いだ……こんな所にいる限り!」
叫びながら、左手の下に、何かがあることに気付いた。
…………?
ベッドと壁の隙間。
ベッドマットの下に、何かある……
───え…これは……
「─────!」
俺はそれを掴みだして、メイジャーに突きつけた。
考える間もなく、身体が動いていた。両手の中に収まっているそれは。
真っ黒い鉄の塊───冷たくて、重い。
「メイジャー!」
ドアが開いて、赤い炎が飛び込んできた。
「シレン、大丈夫だ」
駆け寄る細い身体を、背中に庇うように腕を伸ばして。
低い声で制しながら、メイジャーは俺を見つめた。
「─────」
自分に向けられている銃口。
狙いを定めている、俺。
俺の指がちょっと動けば、命はない。
緊迫した空気────
それなのに……
そんなの、ものともしない眼で、睨み付けもしてこない。
深いブラウンの双眸は、ただ俺の様子を見ていた。
「克晴。オレを撃って、何になる」
「……………」
「オマエが自由になるワケじゃない」
「…………………」
わかってる…そんなの。自分でも、何でこんな事をしているのか判らない。
「……アイツ…雅義は…? 生きているのか?」
「生きてはいる。チェイスも飽きたのか、倉庫で放置だ」
「…………」
「気になるのか?」
「─────」
俺は首だけ、微かに横に振った。
何でそんなこと聞いたかも、判らない。
「克晴」
伸びてきた手が、銃を掴んだ。
「─────」
簡単に取り上げられて、俺の一瞬の抵抗が終わった。
メイジャーを撃ちたいんじゃない───“自分”を確保したかったんだ。
手の中のモノが、俺を自由にするかもしれない……
そんな可能性が、たった数分だけ…俺を俺のモノに、してくれていた。
「“こんな所”などと言うな。オレの国だ」
引き寄せられて、腕の中にくるまれた。
「オマエは賢い。……オレを撃てはしない」
「……………」
肌と肌が、熱を伝えあう。
あぐらを掻いた膝の上で、背後から抱き締められて。
興奮していた感情が、メイジャーの呼吸に合わせるように、落ち着いていった。
「それに、撃鉄も起こさずに、トリガーは引けない」
笑いながら、目の前で右手に握って見せた。
さっきは夢中でわからなかったけど、回転式弾倉で弾が何発も込められている。
いわゆる、リボルバーというやつだった。
……オッサンのは、もっと小さかったな。
「これはシングルアクション。毎回ここを上げるんだ」
親指でガチャリと撃鉄を起こす。
「構えはこう」
俺の目の高さに銃を持ってきて、目の前の壁に狙いをつけた。
「右腕は、真っ直ぐ伸ばせ」
右手に握り込んだ銃尻を左手が下から包むように補佐する。
「発砲の反動で、弾道がずれる。こうやってホールドしろ」
顔の両側を太い腕に挟まれた。その先で鉄の塊は、とても安定して見えた。
「……………」
なんでこんなこと、教えるんだ?
見上げた視線に、メイジャーは笑顔を作った。
「あまりに、下手な構えだったからな」
「…………」
赤面した俺に、また笑った。
「これでオレを殺せる。いつでもいいぞ」
「………メイジャー」
「この船に、武器……拳銃は、これ一丁しかない。乗船者は必ず厳重なボディチェックを受ける」
金属音を響かせて、撃鉄を元に戻した。
「これが王様の証だ。オレが、この国の王だ」
その王様を殺れるものなら、やってみろ。
胸を揺すって笑いながら、そう豪語して。ベッドマットの下に銃を戻した。
……その一部始終を、シレンは黙って見ていた。
走り寄ってきたその場で、いつものような腕組みもせず、立ちつくして。
“オマエは賢い”……だからそんなこと、出来ない。
その言葉が、重圧のある声と共に、胸にズシンと落ちてきた。
解ってる。
そんなこと、本当に……。
俺は、色々な意味で、“人質”なんだってこと。
……外の現実世界の、恵。
オッサンを殺そうとしている、チェイス。
全てのキーであるチェイスを御す、王様…メイジャー。
こんな異世界に連れ込まれて、その国の王に貢がれた。
……これ以上の最悪が起こらないように、バランスを保つには、俺は……
───ここはもう、“異世界”なんかじゃない。
「克晴」
「………ん」
沈んで黙り込んだ俺を、抱き直す。
優しいキスで、舌が入ってきた。
「ん……ちょ…」
シレンが横にいるのに。
それを気にする様子もなく、メイジャーはキスを続けた。
ゆっくりと寝かせられて、胸を撫でられた。
「…………ッ」
震える身体を、更に愛撫で押さえ込む。
「マサヨシの命を助け、チェイスからオマエを守る。それができるのは、オレだけだ」
「…………」
添い寝から身体を起こして、覆い被さるように真上に来た。
「克晴、オレを見ろ」
真っ直ぐに視線を下ろしてくる。
顔の両側に手を突いて、腰の上に跨って。
………押さえられている訳じゃないのに、動けない。
影になって濃いブラウンに変わった双眸を、俺も見返した。
「オレを愛していると、言え」
「─────」
「オマエのシガラミを、全部断ち切ってやる」
ここは異世界じゃなく…ホームなんだって……
ここが俺の現実…………
「辛いことも、苦しいのも、全部終わりだ」
「ただ一言。“オレを愛している”と、言えばいい」