chapter18. Say you -それがすべて-
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1
あれから、2年間……
克にぃがいないまま、小学校を卒業して、中学に上がって。
三度目の、一人きりの冬を迎えた今───僕は、14歳になっていた。
「3年は、天野と同じクラスになりてぇな」
3学期も終わりに近付いた頃、校門を出ながら霧島君が、期待を込めたカオで言ってきた。
「1.2年とも、バラバラだったもんね」
僕も頷いて、空を見上げた。
今年も雪が多い。晴れているのに、まだまだ寒くて、自分の吐く息が白い軌跡を作った。
僕は変わらずに、いつも霧島君と一緒にいた。
緒方君は一人受験して、遠くの私立に行っちゃった。
平林君は、田舎に家族ごと引っ越して行き、小学校の卒業式の時にはもう、あの姿はなかった。
中学校では、友達もできて…。
新しい環境、新しい行事、初めてづくしの、いろいろな体験……
毎日が未知の事ばかりだったけど、学んで、吸収して。
少しづつ…周りのみんなと同じ事が、出来るようになっていった。
クラブにも入ったんだ……図書クラブ。
僕の足りない知識を埋めるように、図書室の本を、片っ端から読んでる。
感想を書いたり言い合ったりするのも、楽しい。
霧島君は、柔道部。
他にもジムで格闘技を習ったりして、凄い体を鍛えてる。
だから、それぞれの時間で過ごすことも、多くなった。
ウソみたいだけど…僕は自分だけの時間を、持つようになっていた。
あと、自転車に乗れるようになった。
殆ど使っていなかった克にぃのを、もらって練習した。
……とうさんは、まだ大きいんじゃないかって心配してくれたけど、僕はどうしてもあの自転車に、乗れるようになりたかったんだ。
それから、泳ぎも上手になった。
克にぃはなんでか、あまりプールには連れて行ってくれなくて。
霧島君が夏休み中、付き添って教えてくれて、やっと前に進むようになった。
当然のような、一人きりの登下校。制服を着て、お弁当を持って。
もう僕は、小学生じゃない。
……何も出来なかった、あの頃とは違う。
大人になるって…成長するって、楽しいことだった。
ずっと待ってたのに。
どこかがぽっかり、空いたまま───心は置き去りのままだった。
「な、天野。今日たこ焼き行こうぜ、タクマさんがまた小遣いくれたんだ」
「わあ、うれしいな」
学ランを着た霧島君は、カッコ良い。
前にも増して背が伸びて、とてもよく似合っていた。見上げるたび、見とれてしまう。
声も、ますます低くなってる。鋭く通るような良い声。
「雪降りそうだから、急ごう。いつものトコな」
「うん、後でね」
僕も第一変声期を、やっと迎えていた。
ガザガザした声は、自分じゃないみたい。喉にいつも何か引っ掛かっているようで、喋りづらかった。
背も伸びたけど、まだ小さい方だし、全然制服が似合わない。
霧島君は、そのことで僕が拗ねても、何も言わない。
じっと見つめてきて、似合うとも似合わないとも、言ってくれない……いいけどさ。
私服に着替えると、僕たちは自転車で駅前のスーパーに向かった。
前に退院した次の日、連れて来てもらったたこ焼き屋さん。
あのとき食べれなくて、ずっと後になってタクマさんが、僕と霧島君を食べに連れて行ってくれたんだ。
霧島君のお姉さんの彼氏さん、タクマさんは、霧島君を弟みたいに面倒見ていて、ついでに僕も可愛がってくれていた。
「ひゃ~、とろとろ~~!」
焼き上がるまで10分くらい待って、受け取ったそれは、やっぱり美味しい!
「たこ焼きをナメちゃ、いけないねー」
前に霧島君が言ってた台詞を、僕は食べるたびに言っている。
これは想像していたのとは全然違って、表面の皮だけがクレープのように固まっていて、中は白い液体が流れ出してくるほど、柔らかかった。
特製ソースがタプタプにかかっていて、それにからめると、すっごい美味しい。
「そして、絶対に焼きたてな!」
これは霧島君の、口癖。
ずっと天野に食べさせたかったんだぞって、何度も言ってくれる。
その優しさに包まれて、僕はこの2年間、以前のようなショックを起こさずにいれるんだと思う。
「かつお節が踊ってる~!」
「あちー!」
フェンス沿いのベンチに腰掛けて、二人ではふはふ言いいながら、食べた。
まだ夕方前だけど、外はかなり寒くて。
湯気が立ち上って、顔まで温めてくれた。
「天野、箸、上手くなったよな」
先に食べ終わった霧島君が、僕の手元を見て感心したように言った。
「…うん」
割り箸でとろみを挟んでいた僕は、嬉しくて微笑んだ。
いっぱい練習したから。一人前になるために。
でもそれを、一番に褒めて欲しい人がいない……それが、どうしても悲しくて。
成長したって思うたび、ついて回る寂しさを、消すことが出来ないでいた。
「………」
僕の変な笑いに、霧島君も言葉を止めた。
じっと見つめてきて、何か言いたげに口ごもる。……最近、時々見る顔。
苦しげに眉を寄せて、怒ったように目を吊り上げて。
「………なに?」
僕はもう、霧島君に克にぃを重ねることは、していなかった。
どんなに似ていたって、やっぱり違うから。
……でも、こんな顔をするときは、前に感じた克にぃと同じ“大人の雰囲気”になるから、ドキリとしてしまう。
ごまかしたくて、何か言って欲しくて、そう訊いたとき、
「お、めぐみ!」
「……ケイタさん~」
「また出た!」
3人が次々に声を出していた。
「へへっ、やっぱここに来れば、めぐみに会える確率、高ぇな!」
嬉しそうにそう言いながら、僕の隣りに腰掛けてきた。
相変わらずの脱色した短い髪をツンツンに立てて、ジャンパーを着崩した格好。この人もますます大きくなっていて、横に並ぶと、僕は小さい子供に戻った気分になった。
「今日も可愛いなぁ、めぐみ!」
ごつっとした顔を笑顔にして、肩を抱いてきた。
「わ…」
「啓太さん、仕事はいいんですか?」
霧島君が僕を挟んだ反対側から、身を乗り出して、鬱陶しそうな声を出した。
「天野、食っちまえよ。こぼすぞ」
言いながら、肩の手を払ってくれる。
ケイタさんは高校には行かず、近くの工場に就職していた。でも、僕に会うために、時々ここを見回っているんだって。
こんなふうに偶然会っては、3人で喋るようになっていた。
でも僕は、会うたび目を白黒させていた。ケイタさんのこれ、人前でもお構いなしで恥ずかしいし…突っぱねることもできなくて、困ってしまう。
「うるせぇな、今日は休みなんだよ! …それより、めぐみ」
いつもの軽口で霧島君を睨み付けてから、僕の顔を覗き込んできた。
「克晴さんから、まだ連絡ねぇのか?」
「…え…?」
「兄貴達、ずっと心配してんだぜ。オレからめぐみに訊いてくれって、言われてよ」
「───まだ…」
絞り出した声は、それが限界。
僕も中学に上がった時、もう一回だけ訊いてみたんだ。
克にぃのこと、教えてって。
……でも、その時とうさんの顔が、変に歪んで───怖くて、先が聞けなかった。
何も言えなくなって見上げる僕に、
「ああ~、無いならいいんだ、そんな顔すんじゃねえって!」
頬を赤くして、慌てたように立ち上がると、お尻のポケットから財布を掴み出した。
「おい霧島、ジュース買ってこい。オレはいつものな」
何か言いたげな霧島君に小銭を渡して、自販機に走らせた。
そして横にどっかりと座り直すと、勢いよく鼻息を吐いた。
「なあ、めぐみ。そろそろ答え、聞かしてくれよ」
「……え?」
今度は違う動悸で、胸がトクンと動いた。
「オレと付き合わねぇ? …って、前に言っただろ?」
「………」
“いつまでも待つから、考えてくれよ。相思相愛になったら、キスしたい”
──って、言われた。
あの時僕は、“好き”って言葉を理解できないでいたし、色々怖かったり驚いたりで…ちゃんとした返事も出来なかった。
でもそれっきり、その話題は出なかったのに。
「オレ、本気なんだぜ。伸也さんのグループも抜けたんだ」
「………!」
「金稼げるようになっただろ…そろそろデートとか、してぇじゃんよ」
太い鼻柱を親指で擦りながら、ちょっと照れたように目をしばたかせて、じっと見つめてくる。
「……あの……ぼく……」
困って見上げると、今度は目を瞠って見下ろされた。
「んだよ、とうとう好きな女、できたか? もう中学生だもんなぁ」
残念そうに舌打ちしながら、眉を寄せる。
……女の子…?
「───ううん…」
そんなの、あるわけ無い。
ツンと鼻の頭が痛くなった。そしてじわりと、目頭が熱くなる。
……こうやって見上げ続けた人を、思い出してしまう。
「あー、泣くなよ! ってか、何で泣くんだ!?」
今度は顔を真っ赤にして、慌てふためいた。頭や肩を撫でて、あやしてくれる。
「こいつ…いるから、駄目ですよ……好きなひと」
背後で、霧島君の声。
いつもなら奪い返すように、引き剥がそうとするのに。
僕に触れようともしないで、真っ直ぐにケイタさんを見ていた。
「……ちッ、やっぱそうか……」
怖い顔で、こつんと頭を小突かれた。
「それならそうと、正直に言ってくれよな!」
「………ごめんなさい…」
その後は、頭を抱えて残念がるのを霧島君が誘って、よくやる殴りっこの練習になった。
二人はお互いの強さを見せ合うように、パンチの説明とかして、この時だけは仲が良いんだ。
“また会ってくれよ”そう言って、別れ際に抱き締めてくるのを、今度は霧島君は引き剥がしてくれた。