chapter20. For all time ~過去も未来も~
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「神父さん…僕、まだ何になりたいかは判らないけど、しっかり前をみれるようになりました」
春休みの、日曜日。
新米神父さんに伝えたくて。感謝を込めて、報告していた。
「友達や大好きな人が、帰って来た時…頑張ったなって言ってもらえるように……」
「好きな人を思い続けて行くのって……生きる勇気が出るんだなって…」
……何を言っているんだろう、僕。
こんなこと、恥ずかしくて、普段ならぜったいに言えないのに。
喋りだした言葉は、決心の誓いみたいになっていた。
そして、“もし一生逢えなくても”……脳裏にそんな言葉がよぎったとき、また思い出したことがあった。
中谷君がお葬式で欠席って、聞いた日。
あの時、僕はおばあちゃんのお葬式の事を思い出して……
…………。
「神父さん……人は死ぬと、どうなるんですか?」
おばあちゃんのお墓参りは、会いに行った気分になる。
親戚みんな集まって、お掃除をしながらお墓に話しかけて、おばあちゃんと会話してて…。それはお骨が入ってるからだって、聞いたけど……。
「キリストの教えでは……」
質問だけしてぼんやりと考えていた僕は、新米神父さんが静かに話し出した事に、驚いた。
「………!」
今までは、相づちくらいしか答えなかったのに。
「肉体の滅び…すなわち“死”が終わりでは、ありません。信じる者は神のみもとで、魂の平穏を約束され、いずれ復活する日を待つのです」
───まるで、お髭の神父さんのようだと、思った。
「…“死”が終わりでは……ない…?」
「……はい。安らかな魂は、天から家族や近しい親類、……愛しい人たちを、見守っているのですよ」
僕はその時、ウチが仏教だとか、キリスト教がどんなのとか、詳しいことはちっとも判っていなかった。
ただ、すらすらとお髭の神父さんが聖書を読むみたいに、新米神父さんから出てきた言葉…とくに、“天から愛しい人たちを、見守っているのですよ。”
この言葉が胸に響いて、頬が熱くなるのを感じていた。
新米神父さんを通して、克にぃの声が……僕に教えてくれた。
───メグ……どんなに離れたって、兄ちゃんはそばにいるよ。
そう言ってくれた気がしたんだ。
そして僕は、中学3年生になった。
クラス替えでは、図書クラブの友達は誰とも一緒になれなくて、寂しかった。
でも、霧島君が残していってくれた友達の友達…見知った顔はあったから、そのグループに入れてもらえた。
「天野って、喋れば喋るんだな!」
口々にそう言われて、照れてしまった。
僕は喋ってるつもりだったのに。それはよくよく、霧島君とだけだったって。
あとは図書クラブで少しだけってこと、判った。
活発に動き回るパワーに引きずられて、昼休みは僕も校庭に出るようにまでなった。
3年でも、もちろん図書クラブ。部長は、中谷君がなった。
誰よりも読書好きでいろいろ知ってるし、ハキハキ喋るから、ぴったりだと思った。
それに、星や宇宙や化学の博士になりたいんだって。色々な本のリクエストをして、顧問の先生を困らせるくらいだった。
「天野君、桜星高に決めたんだって?」
先に図書室に来てた僕の隣に座って、新部長が聞いてきた。他の部員が読書中なので、小声で喋る。
「……狙いが、高すぎるって言われた…」
ぶすくれた僕に、気の毒そうに笑ってくれる。
「中谷君はいいよね…なりたいモノ決まってるし、塾行ったり…計画的だもん」
「…え、天野君は? なりたいの、なんかないの?」
「……う…うん───まだ…」
急に聞き返されて、僕は拗ねているのが恥ずかしくなった。
克にぃを待つって決めて。
僕は僕で、しっかり生きなきゃって、思えた。
……でも、具体的に何になりたいっていうのが、なかったんだ。
とうさんにもそこは指摘されて、困っていた。
何が僕に合ってるのかな…克にぃと考えられたなら、楽しいことなのに。
読んでいた旅の本をいじくっていると、中谷君がページを覗き込んできた。
「ねえ、そこ四宮城じゃない?」
石垣やちょっと変わった石碑が建っているだけの写真が載っている。それを指して、嬉しそうに言う。
「え…うん、すごい。よく判るね、これだけで」
「そこ、僕の父方の田舎なんだよ。この間、行って来た」
「ああ、お葬式の…」
へえ…ここが中谷君の田舎なんだ。こんな遠いところ…。
日帰り出来る僕んとことは、大違いで。なんだかとっても、新鮮な気がした。
「いいな。僕も行ってみたい…綺麗なとこだよね」
言いながら、ページをめくった。
古都の風景、文化、自然の写真…ぱらぱら、目に入ってくる。
「こういうとこ、片っ端から、行って見たいな」
……克にぃと、もっとあちこち行きたかった。
……二人で行こうねって、約束したのに。
ほとんど旅行をしたこのとない僕は、克にぃとのドライブが一番の遠出だった。
あとから似たようなところ、桜庭先生に連れて行ってもらったけど…
克にぃとじゃなきゃ、楽しくない。
川辺でしゃがんで、真剣なキスしたり……七色のお風呂に入ったり……
『どこまでも、行こうね』
そう言って、帰るまではUターンしなかった。
あの言葉に、どれだけわくわくしたか。
……僕は本当に、楽しかった。何もかも初めて。克にぃと、初めて…。
二人だけの思い出、もっともっと作りたかったのに────
「行けばいいじゃん?」
落ち込んでしまった僕に、中谷君は気づかない感じで、当然のように言ってきた。
「旅行で、連れて行って貰うとかさ」
「……うん」
─── それは無理だって、知ってる。
「天野君も、写真だけで観光地、判るよね」
机の対面に座っていた子から、いきなりそう言われて、僕はハッと顔を上げた。
「え、うん…本、いっぱい観てるから……」
旅行の話はみんな好きみたいで、本を読むのをやめて、話に参加してきた。
北だ南だと、ちょっとした田舎自慢大会になっちゃった。
───みんなあちこち、行ってるんだなぁ…霧島君も、毎年海に行ってたし。
賑やかな会話の中で、僕だけやっぱり、寂しかった。
「実際に行ってみると、また違うよ。写真じゃ小さく感じる…そこ、本当はもっともっと広いんだよ」
中谷君が力強く、勧めてくれる。
「── へえ…」
言われてみて、思い出したことがあった。
教会に初めて入った時だ。
ちょっとツンとした臭い、厳かな雰囲気、張りつめたようで、どこか優しいあの空間…。
そうだ、写真だけで観てた場所が、実際に見れたときの感動……。
それを思い出したら、胸がドキンとした。
「……うん、いいね…行きたいかも」
行ってみて初めて判ることとか、感じることとか……
遺跡、古都…山や海───直接見たら、どんなだろう? もっとあの感動を、体験してみたいと思った。
「どうせなら、カメラマンとかになると、よくね?」
「ルポライターだよ」
「天野君、そういう仕事、目指してみたら?」
「……仕事?」
そのおしゃべりの中から生まれた一言。
それは、僕の中に煌めく星のように落ちてきた。
憧れた風景写真の数々……そこを家族旅行じゃなくて、仕事で回るなんて。
ドキドキが、どんどん胸の中で大きくなってくる。
僕が自分で、全国を動き回るなんて、考えてもみなかった。
……そうだ…そしたら。
もっと激しい閃きが、あった。
もしかしたら、どこかで逢えるかもしれないよ……克にぃに。
待ってれば逢えるって、思ってるより───
自分で…僕から探しに行くんだ───
「…………」
自分に言い聞かせるみたいに、想いが巡った。
“仕事”ってキーワードと、克にぃを求めてる僕の心、それがこんなに一致することがあるなんて……
自分の思いつきに、心臓がバクバクと破裂しそうだった。
「ぼく……僕、………旅人になる!!」
その発想は、いつも読んでる「旅人」って本から。
心に残る風景を探して、みんなで旅人になろうって、テーマだった。
難しいことわかんないけど、カメラマンより、好きな響き。
どよめきと呆れと、笑い声。
それ、職業? ってみんなが笑う。……でも僕は、もの凄い真剣だった。
克にぃはきっと同じ空の下、どこかにいる。
そう思わないと辛すぎて…だから、怖いことに怯えてないで。
どこかで偶然、逢えるかもしれない。
……そう希望を抱いて、僕は、克にぃを探す旅人になるんだ。
僕の目指す道は、いつも克にぃだった。
思い出も。今も。未来も……いなくなっちゃっても、変わらない。
大好きな大好きな…あの胸に向かって、進んで行くんだ。
僕の不安だった“将来”が、嘘みたいに輝きだした瞬間だった。