2.
事務室に入ると、広い室内に事務机がいくつも、会議室のように四角く内側に向かい合うように並んでいた。
一番奥のデスクでこちらに向かって座り、光輝さんがPCノートに何か打ち込んでいる。
「……おはようございます」
ちょっと緊張して、声を掛ける。
「お、おはよう」
手を止めて、にこっと微笑んでくれる。
今日も素敵な笑顔だった。東の窓から差し込む朝日が、きらきらと白い歯を輝かせる。見惚れていると、席を勧めてくれた。
「ここが、巽のデスク。っつても、デスクワークじゃないから、あんま必要ないけどな」
笑って、その場所を教える。
………っていうより、この事務室って……
「じゃあ、僕、さっそく幹部ですね~」
冗談でもちょっと嬉しくて、つい言ってしまった。ずうずうしかったかな。
光輝さんは、お、そう言やそうだな、なんて笑ってくれた。
僕は早速、そこに座ってみる。光輝さんの机とはちょっと離れてるけど、斜めに顔を覗ける場所だ。東の窓を真後ろに座るので、手暗がりになる。一応、レポートらしきものは書かなきゃいけないらしいけど……。
でも、朝からそんなの書かないから問題ないか。心で苦笑して光輝さんを見る。
眩しそうにこっちを見ていた。
「あ、カーテン閉めます?」
僕は、気が付いて慌てて立った。
「いや、いいよ。もうこれも終わりだし」
光輝さんも、ノートを閉じると立ち上がった。
僕は、心臓がドキドキしてくるのを止められなかった。
今日は、他の基本玩具の試しと、その前のマナーを教えてくれるって。
マナーが何かは知らないけど、またテストで昨日みたいなことするのかと思うと、ついつい身体が熱くなってしまう。
どうしていいかわからず、中途半端に立ったまま、光輝さんの支持を待った。光輝さんは、そんな僕をじっと見てから、事務所を出て付いてくるよう、促す。
廊下の反対側の一番奥の個室が、リネン室になっていた。
クリーニングされたタオルやシーツ、サイズ分けされたバスローブが山のように畳んで綺麗に陳列されている。
救急箱や、置き薬のコーナーもあった。
「ここのを、どれでも使うといい」
言いながら、バスタオル、フェイスタオル、バスローブ、それからスリッパまで見繕ってくれた。
リネン室の右隣が、何部屋かシャワールームになっている。何人がブッキングしてもいいように考えてあるらしい。今日はまだ誰も見ていないけど。
その一部屋に光輝さんと入った。
シャワールーム内には、トイレも付いていた。所謂ユニットバスだ。と言っても、かなり広い。洗い場だけで4畳はある。その隅っこにトイレがあった。
バスタブの底が変わった形をしているのに驚いた。ちょうどお湯に浸かって座る辺りが、出っ張って、座れるようになっている。
「これ、面白い……。でもやけに前のめりに出っ張ってる……」
覗き込んで、独り言を言っていると、光輝さんが笑った。
「服脱いで、座ってみ」
「あ、……はい」
僕は脱衣スペースで服を脱ぎ出した。
昨日あんな姿を見られているのに、今更、やっぱり恥ずかしい。
なるべく意識しないように脱ぐと、視線を避けるようにさっさとバスタブに向った。
早速、座ってみる。
「わあっ!?」
僕は驚いて、思わず声を上げた。
びっくり顔の光輝さんが、腰にタオルを巻きながら、飛んできた。
「どうした、大丈夫か?」
「あ、………わわわ~! ……見ないでください!」
僕は、恥ずかしくて、光輝さんの目の前で両手をブンブン振り回した。
僕はさっき慌てたので、タオル一枚巻いていない。すっぽんぽんでバスタブに座り込んだら、なんと……。
座ると背中が沈み込み、腰が浮いてしまった。
股間が前に出て、恥ずかしい部分が敢えて上を向くように設計されているらしい。
しかも座面が湾曲なので、両脚は外側へ開いてしまう。イルカの背中にでも跨って、後ろに仰け反っているような格好だ。
ゆえに、今の僕は、光輝さんの身の前に恥部を丸出しにして、見てください、と言わんばかりの格好なのだ。
真っ赤になって、慌てている僕の手をおさえこんで、光輝さんは笑いながら言った。
「これはね、直腸洗浄しやすいようになってるんだ」
「………直腸洗浄?」
掴まれた腕が熱くて、強張りながら聞いた。
「昨日言った、マナーを教えるって話。これのことだ」
「……マナー……?」
なんとなく、ぴんときた。
僕の表情から、察したらしい光輝さんが、腕を離して、頭を撫でてくれた。
「巽は、賢いな」
「………」
僕は嬉しいけど、ちょっと不安になって返事ができなかった。
バスタブの脇に置いてある、いくつものシャワーノズルの中から一つを選び出す。
その形状は直径2cm、長さ15cmくらいの棒状のもので、先端に細かい穴が開いていた。材質はシリコンらしく、柔らかい。
「いくつか方法はあるが、最初はこれがやりやすいだろう」
ホースに繋げてお湯を出す。シリコンの棒から、四方八方に細かいシャワーが出てきた。
「マナーというのは、受け手が、やり手に対して前準備しておくことだ」
温度調節した温かいシャワーを身体に掛けてくれながら、光輝さんはおもむろに説明し出した。
「ことに及んでいる最中に、とんでもないことになったら、本人もいやだろ?」
僕は黙って頷く。
「だから、そういう行為をする前は、受け手は毎回これを済ませる。もちろんテストの時もだ。社長が見たりするんだからな」
「え……、レポートを書くんじゃ……」
びっくりして聞き返す。
「それは、あくまでも当人の感想。社長の場合、直接被験者を見ていて、表情や仕草、声でどのくらいイイのかが解るらしい。だから、恥ずかしがって嘘のレポート書いてもバレるって訳だ」
「…………ぅっ」
僕は昨日の社長を思い出した。……なるほど。
「じゃあ、レポートなんて、いらないじゃん……」
呆れて呟いた僕に、光輝さんは笑った。
「お喋りは終わりだ。実地するぞ」
光輝さんは、まずボディソープを泡立て、全身をくまなく洗ってくれた。
特にどこを注意するかを言いながら。
それは大抵、恥部に関係するので、僕は参ってしまった。手取り足取りなんだもの。
「こっこおきさん、そんなとこ……自分で出来ます!」
声をひっくり返しながら、手を阻止する。
「駄目だ! お前は皮付きなんだから、特に気をつけろ」
「───!!」
恥ずかしくて死にそうだった。僕はちょっと包茎のケがある。
普段は被っていて、勃つと、頭が出る。だから、勃っていないときに身体を洗うので、剥かなければならないのだ。
こんなことを、他人に(それも光輝さんに!)言われるのが、なんとも情けない。
屈辱を通り越して、死にたかった。
しょぼんとしてしまった僕に、光輝さんは頭からシャワーを掛ける。
「わっ」
息をしようとしても、顔を目掛けてお湯をかけてくる。
「く……苦しい、光輝さん、やめて……」
手で避けながら、僕はもがいた。
「もう下を向くな」
シャワーを止めた光輝さんの目が、真剣に僕を見つめていた。
「お前は…いつも笑っていろ」
びちゃびちゃの前髪を後ろに梳き上げてくれて、微笑んだ。
「変なこと、気にすんな。そんなとこも含めて、充分可愛いんだから」
「……光輝さん」
息を整えながら、見つめ返した。多分、顔は真っ赤だ。