3.
「ぁっ、いいっ、気持ち……いいっ………むつきさぁん……」
ずるるっ、ずるるっ、と激しい出入りの音を立てて、僕は後ろを穿たれる。
長い玉状棒を入れきるまで、突くスピードを緩めない。同じ勢いですかさず引き擦り出される。
すぐさま突っ込む。容赦のないピストン運動に、僕の身体は快感でガクガク震えていた。
前はビンビンに張って、露を情けないほど垂らした。
”気持ちいい”という言葉は、一度言ってしまうと、驚くほど素直に身体に馴染んだ。
突き上がる疼きと痺れを、脳髄で快楽に変えてくれる。
「うん、もっと喘いで……巽君……可愛いよ」
担ぎ上げてる僕の茂みに顔を近づけ、袋ごと、下から裏筋を舐め上げた。
「ひ……ぃああぁ!……」
悲鳴のような嬌声が上がる。
「む……き…さん……ぼくのペニ……こすって……」
眩暈で舌がもつれる。睦月さんは、微笑んで、僕のいきり立っているものを掌で包んでくれた。
上下に扱き出す。
「ぁあ……いい……凄い……死んじゃうよぉ」
前と後ろの責めで、気がおかしくなりそうだった。
「いく……む……きさん……いかして……」
ペニスを力強く扱き上げられる。後孔から体内を閃光が駆け巡り、目の裏で弾けた。
「ああぁ…、あああぁぁぁ!!」
吐精する直前、スティックを引き抜かれて、あまりの絶頂に悲鳴を上げた。
白濁を自分のお腹に飛ばして、ガクリと果てた。後ろの余韻が身体を痙攣させる。
「ぁ……む……さん、……すご……よかった……」
僕は砂嵐のような耳鳴りの中で、それだけ伝えて、何もわからなくなった。
頬にかかる優しい吐息を感じて、薄目を開けた。
身体がだるくて動けない。指一本ぴくりともしない。
ふう……と息だけ吐いた。
「ん……気がついた?」
優しい瞳が逆様に覗き込んでくる。状況がわからなかった。
ただダルくて、瞬きだけする。
頬っぺたに柔らかい感触がそっと触れた。
髪の毛を優しく梳いてくれる。その指が心地よくて、僕はまた目を瞑った。
……くん。
………たつみ くん……
誰かが僕を呼ぶ。
「起きて……朝だよ」
はっきり声が聞こえた。
柔らかいソプラノ。
身体は……やはり動かない。僕は目だけ開けた。
上から逆さに被さるように覗き込む鳶色の瞳。この風景を昨日も見た気がした。
ぼやける頭を必死に働かせる。
「あ……僕……」
声が掠れた。喉も唇もカラカラだ。
「おはよう、巽君」
瞳が優しく細められた。
僕は昨日のことを薄っすら思い出し始めた。体が熱くなる。
でも、どうやって寝たか覚えていない。
ここは……?
ようやく自分の状況がわかった。
僕は蓑虫のように頭だけ出して、毛布に包まれている。そして睦月さんの膝上で上半身を委ね、その両腕に包み込まれていたのだ。
部屋は昨日のまま。その行為のあったベッドの上で、睦月さんは気を失った僕を、一晩中抱いていてくれたらしい。眠りもしないで、ただ僕の顔を覗きこんで。
「………睦月さん……」
やや唖然とした顔で見返す僕に、またキスをくれた。頬がちゅっと音を立てる。
前髪や横に落ちてくる巻き髪が、顔中にくすぐったい。
包み込んで支えてくれる腕や肩や胸が、視界いっぱいに広がる。華奢なのにしっかりしていた。
小さい頃、親にこんな風に抱えてもらったのを思い出す。そんな安心感に包まれていた。
全身で睦月さんの体温を感じ、いい匂いに浸った。
「……ずっと……?」
掠れて、なかなか出てこない声で問うてみる。
僕なんてベッドに寝かせて、自分も横になればよかったのに。部屋に帰って寝るとか………。
漠然とそんなことを思う。
「うん、ずっと。こうしていないと、いけない気がして」
「………な……で?」
声が出ない。
「君に酷いことしちゃったから。それなのに君ったら、物凄く一生懸命ぼくの言ったこと、守ってくれる。ぼくは心が痛くなってしまった」
悲しそうに眉をひそめて微笑む。
僕は、その瞳を昨日の夜も見たのを思い出した。
「だから、君が……巽君が起きるまでこうやって抱きしめて、一番に君の瞳に映りたかったんだ。謝りたくて」
僕は、小さく首を振った。それは違う………
「僕が……僕が睦月さんを……傷つけたから……」
こんなふうに眉根を寄せさせ、微笑を失くさせた。あの時こそ心が痛かった。
小首を傾げてちょっと笑うと、睦月さんは僕を身体から離した。
毛布に包んだままベッド中央に抱え移して、身体を横向きにして寝かせた。
「まだ身体を起こして座っちゃ、駄目だよ。負担がかかるから。それに、仰向けよりこっちの方が きっと楽だから」
毛布の上から、腰を擦る。
僕は、頬を赤らめて頷いた。
ちょっと待っててね、と言い残し、部屋を出て行く。
ドアが閉まるのを見つめながら、ため息を漏らした。
動くのが辛い。あちこち軋む身体を、実感し出した。
さっきまで、どれだけ優しく抱き込んでくれていたかがわかる。
改めて睦月さんの、無言の優しさに触れた。
なんであんなに優しいの……
見つめてくる瞳を思い出すと、胸がちょっと苦しくなった。
その時、脳裏に黒い髪の人が過ぎった。
………光輝さん
あの人もひどく優しかった。
睦月さんの顔が、光輝さんの笑顔と完全に入れ替わる。
「こう……き……さん……」
声に出して、呼んでみる。
ツキンと胸が痛んだ。
ああ、───僕は、とうとう……。
知らずに涙が流れていた。鼻頭の窪みに溜まって、反対側に落ちる。
静かに、声も立てずに、僕はただ、はたはたと涙の粒をシーツに落としていた。
それを拭えなかったのは、疲労からだけじゃない。
深い絶望と悲しみが、心に黒い滲みを作っていった。
それから、どれくらい経っただろう。
僕は喉の渇きがきつくなって、何か飲みたかった。
「遅くなってごめんね」
包まれた毛布を、剥ごうともぞもぞした時、睦月さんが髪をふわりとなびかせて戻ってきた。
手にはペットボトルとストローを持っている。
寝転びながら、飲めるようにとの配慮だ。
僕は、目を輝かせて感謝した。本当に喉がカラッカラだったから。昨日のミルクティーといい、この人の気遣いは本当に心に触れる。
「はい、少しずつね……」
横になっている僕に、ストローを咥えさせてくれた。
冷たいスポーツドリンクは、とても美味しくて、身体に沁みていく。
「美味しい」
唇もぺろぺろ舐めて湿らせた。
喜んだ僕の頭を撫でながら、睦月さんは可笑しそうに笑ってくれた。
そうして枕元に屈み込んで、ずっと寄り添いながら何度でも飲ませてくれた。
「睦月さん、ありがとうございます。僕、だいぶ楽になりました」
身体のだるさも取れてきて、腕も動かせる。
こっそり、涙の後も拭った。……今更だろうけど。
そして心配していたことを、口にした。
「あの……もし、大事な仕事とかあるなら……僕、もう平気ですから」
僕に付き合わせて、迷惑をかけているんじゃないかと。
「……巽くん」
柔らかく微笑んで、軽く首を傾げる。巻き毛が肩に揺れた。
「ぼくの仕事は、今、君の指導員だよ。君にかける時間すべてが仕事だから、気にしないで。……それより」
ふいに真剣に僕を覗きこむ。
「昨夜は、ぼくは君を試したんだ」
「………?」
「君が、ぼくの言うことをどれくらい聞く子なのか。何故ぼくなのか。ぼくでいいのか」
僕は、じぃっと睦月さんを見つめた。
悲しそうに睫毛の奥で瞳が揺れると、優しく頭を抱え込んでくれた。
さっきの抱擁感を思い出す。ずっとかかえて僕だけを見てくれてたって……。
「君はほんとにいい子だね。前向きで、めげなくて、一生懸命」
僕は頬が熱くなった。この会社に来て褒められることが多くなったが、まだ信じられない気がする。慣れなくて、戸惑う。
ふわりと頬に両手を添えると、自分に向かせる。鼻と鼻がくっ付きそうな距離で見つめ合った。
睫毛が長い影を落とす。その奥で鳶色の瞳がきらきら輝いている。綺麗過ぎて僕は心臓がドキドキした。
「その健気さが、ぼくの心を掴んだ。ぼくは君を愛しく思う」
「……………?」
「君が好きだよ、巽君……」