chapter7. raison d'etre  -レゾンデートル-
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 1
 
「ん……かつにぃ」
 
 恵が頬を真っ赤に染めながら、不安げに見上げてくる。
 息が熱い。
「メグ……気持ちいい?」
 
 後ろに挿れた指を、出し入れしている。
 そうしながら、小さな身体のあちこちを唇で啄んでいた。吸い付くたびに、ぴくんと揺れる。
 でもその感覚を、どう受け止めて良いか分からないでいた。
「ぁ……やぁ……」
 くすぐったそうに身体を捩る。
 
「……やだ?」
「…………」
「やめて欲しい?」
 意地悪っぽく訊いてみると、困って泣きそうな顔になる。そんな顔をされると可愛くて、ぎゅっと抱きしめてしまう。
「ごめん、メグ。…うそうそ」
 温かい恵の体内で、指を動かす。
「ぁっ……」
 仰け反る身体を抱きしめながら、唇を胸に押し当てた。
「んんっ……ぁあ……」
 辛そうな声。
「メグ……唇を感じて。指を感じて…」
「……はぁ……」
「わかる? ……くすぐったい感覚じゃなくて、指が何をしているのか、舌先がどこを触っているのか」
「………うん?」
「それを感じて、……興奮して。……それが、兄ちゃんを“感じる”ってことだから」
 複雑な顔をして、俺を見上げる。
 難しいかな、そんなリクツ。
 俺は笑って、その唇にキスをした。
 慣れてしまえば、頭で考えなくたって、勝手に興奮する。勝手に腰に響いて、性欲は暴走しようとする。
 
 俺は、必死にそれを抑えていた。
 恵を泣かせたくはない。今はまだ、気持ちよくなってほしかった。
 
「メグ、感じることを怖がらないで」
 
 俺はよくそう言い聞かせた。
 余りにも不自然な快感。それを受け入れることに、罪悪感や羞恥のようなものを感じてしまい、躊躇する。
 くすぐったいだけ、と、すり替えてしまう。でも、……そうじゃない。それを、分かって欲しいんだ。
 
「うん……」
 額に汗を光らせながら、恵は身体をしならせた。
 
「気持ちいい……克にぃ」
 目を細めて、熱い吐息を吐く───
 
 
 
 
 
 
 
  
「─────」
 恵を抱きしめている気がした。
 そうやって、毎朝起きていたから。
 
 自分じゃない体温が、横にある。
 俺は抱きしめられて、眼が覚めていた。
 
「…………」
 朝起きる時、一人じゃない時は大抵恵の夢を見た。
 そして、夢だとわかって悲しくなる。何故、隣に寝ているのがコイツなんだ。何故、あの小さな身体が、ここに無いんだ……。
 
 ……恵……。
 ───今、どうしているんだろう。
 
 考えれば考えるほど、歯痒くなる。
 どうしようも出来ない自分に。状況の判らない、現状に───
 
 そして、同時に身体の痛みを痛感する。
 この悪魔が隣で起きる時。それは、必ず酷い目に遭った次の日だからだ。
 後ろも、腰の関節も──身体全体が痛い。
 
 ……今、何時なんだろう。
 
 オッサンを起こしたくない。
 出勤ぎりぎりまで寝ていてくれれば、朝は平穏だから。
 でも、昨晩体内に打ち込まれたモノを、早く出したかった。
 この部屋には、時計もカレンダーもない。俺は仕方なく、そっとベッドから抜け出して、トイレに行った。
 
 ついでにシャワーを浴びる。
 熱いシャワーを浴びていると、生き返った気がする。立ったまま、長いこと頭から熱いお湯を浴びていた。
 
「克晴……おはよ」
 頭に打ち付けるシャワーの音で、オッサンが入ってきたのに、気が付かなかった。
「────!」
 ぎょっとして振り返った身体を、抱きすくめられた。
「や──っ……」
 離せ! と、危うく叫びそうになって、言葉を抑えた。
 抵抗したらもっと酷い目にあう。俺の身体が、本能でそれを分かる様になっていた。
 
「………ぁ」
 オッサンも全裸で。
 熱いお湯が降り注ぐ中で、下半身への愛撫が始まった。昨日、散々したのに。なんでこんなに底無しなんだ!
「んっ……く……」
 昨日解してるからいいだろ、と言わんばかりに、強引に入ってくる。
「あぁ……ぁああっ…!」
 壁に手を付かされ、立ったまま後ろを掘られた。
 熱いシャワーが、絶えず降り注ぐ。
「克晴……イキそう……」
 首筋に吸い付きながら、囁いてきた。
 ───勝手にイケよ!! そう心の中で罵りながら、俺も高められる。
 ───くそっ!
「……俺も…」
 容赦なく、前を扱かれて──
 
「……ぁ、あッ、…イカせて……まさよし…」
 
 
 
 
 
 
 リビングにはテレビがあって、新聞も取っていた。だから、世情を知ろうと思えば、可能だった。
 でも、俺は──
 俺の知りたいことは、一つだけ。
 俺の欲しいモノは、一つだけ。
 
 ──恵は今、どうしているのか…。
 早く自由を──
 
 だからリビングに行く気にもなれず、ずっとベッドの中で蹲って、無駄に時間を潰していた。
 あまりにも頻繁な行為で、身体もボロボロだったし。いつも怠くて、動く気がしなかった。
 なのに………あの悪魔、会社を抜け出してまた、帰って来やがった。
 
 俺はいい加減、嫌がった。昨夜して、今朝して、昼もするか!?
「嫌だ! 今はもう、無理だって……」
 たばこ臭いオッサンをはね除けて、ベッドの隅へ逃げた。
 抵抗したら、どうなるか。そんなの分かってるけど……もう、限界だと思ったんだ。
「───あ!」
 久しぶりの金属音。手が強引に引き寄せられる感覚。
 最近は大人しく従っていたから、これはなかった。もうイヤだったし。
「ちょ──雅義…!!」
 俺は焦って、悲鳴を上げてしまった。
「マジ、無理だから───!」
 唇は塞がれて、抵抗も鎖で拘束された。
「時間無いんだ。暴れないで」
「………! そんなこと言ったって!!」
 痛い身体が恐怖を感じて、逃げようとする。
 
「───克晴!」
 
 あ……と思った時には、パジャマのボタンが飛んでいた。
「邪魔だなあ、もう。パジャマも無しにしちゃおうか」
 
「───!」
 俺は、青ざめて黙り込んだ。従え! と、自分に命令する。もう素っ裸なんて、冗談じゃない。
 大人しくなった俺を見下ろして、オッサンは満足そうに嗤った。
「痛くしないように、してあげるから」
 そう言って、またあのクスリを持ってきた。
 
「……!!」
 
 俺は本当は、絶対嫌だった。真っ昼間っからそんなの打ち込まれて、性欲の奴隷みたいになるなんて。
 ………でも。
 我慢しないと、それ以上の何があるか、わからない。
 黙って受け入れるしかなかった。
「ん……」
 硬くて細い無機物が、後ろに差し込まれる。冷たい液体が、流れこんで来る。
 
「…………ぁ……」
 ドクン、と動悸がして、身体が熱くなっていく。
 今度は生ぬるい感触。潤滑クリームを塗り込まれた。
 もう、擦れる痛みも感じなくなる。もう、俺は───俺でなくなる。
「いい子だね…かつはる」
「……っ…はぁ……」
 オッサンを受け入れて、よがり声を上げて──
 与えられる快感で、勝手に身体が悦ぶ。打ち付けられる度、腰が疼き、背中が痺れた。
 
 ────あ、…ああぁ、………イク……
 
「…雅義……もぅ──いかせて…!」
 
 
 
 
 俺に欲望を打ち込んで、オッサンは、さっさと会社に戻っていった。
 いいようにされた俺は、薬のせいで身体が火照ったまま、放置された。一回イカされたぐらいじゃ、収まらない。
 啼き続ける俺の身体……。
 寝乱れたシーツの上で起きあがれないまま、身悶えては、熱い吐息ばかり吐いてしまう。
 
 今朝、恵の夢を見たのも手伝って、メグへの欲求が高まっていく。
 ───イヤだ……
 恵で、したくない……。
 
 そう思っているのに、身体は止まらなかった。手が、下半身へ伸びる。
「………メグ……」
 
 正気に戻ったあと、自己嫌悪した。
 そして、オッサンに腹が立って、ますます俺は無愛想になった。
 
 
 
 
 
 それにしても……。
 
 俺は、オッサンの色々なことが謎だった。
 その中でも、一番思うことは財源だ。
 このマンションにしろ、車にしろ、……妖しげな道具、薬──俺にはよく分からないけれど、掛かっている金額は、半端じゃ無いはずだ。
 特にこのマンションは、かなり広い。
 リビングと玄関の間の廊下に、いくつかドアがあった気がする。オッサンは普段、そっちの個室を使っている。
 
 あんな、しょっちゅう、ふらふらと帰ってくるような仕事をしていて、そんなに給料がいいんだろうか。
 
 俺の家は裕福な方だったと思うけど、それは父さんが真剣に仕事をしているからだと、母さんがいつも言っていた。特に、帰りが遅い日なんかは。
 
 ───なんて、そんなこと考えていても、すぐに飽きる。
 一つのことを集中して考える、ということが、出来なくなっていた。
 疲れた身体をクッションに横たえて、うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返す。
 その合間に、ぽつぽつと浮かんでくる思考に意識を持っていったり、打ち消したり───
 時計のないこの部屋で、カーテンを閉めていれば朝も夜もない。俺には、24時間の体内時計さえ、既に無かった。
 御飯だよ、と言いに来る。おはよう、ただいまと、顔を見せる。それだけが、俺の回りで時間が動いている証しだった。
 あとは、セックスの強要。そんなのこそ、朝も夜もなかった。
 
「……ふう」
 寝返りを打って、クッションに沈んだ身体を動かした。
 このクッションだけは、オッサンが俺にと買ってきた物の中で、唯一気が利くものだ。
 両手を回して抱きかかえても、半分しか腕が回らないほど大きい。寝続ける俺にとって、寄りかかれる物があるのは、とても助かることだった。
 
 ───帰りたい………。
 
 薄れていく意識の中で、ふとそう思っては胸が痛くなった。
 
 


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