chapter7. raison d'etre  -レゾンデートル-
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 5
 
「なんで……なんで、泣いてるの? ……克晴」
 
 
 
 
 その声で、頬に伝わる熱い何かに気が付いた。
「…………?」
 手の甲で擦ってみると、……濡れてる。
 
 
 ──そんなバカな。あるわけ無い。
 
 
 俺は今日も、泣かなかった。
 朝から犯されて、散々、啼かされたけど。
 怒張を口に突っ込まれた時だって…そのあと、自分で跨れと言われたって…
 あんな目にあっても……涙は流さなかった。
 一日中嘆いてたけど……頬は濡れなかった。
 
 
 
 
「なに……どうしたの…?」
 オッサンもびっくりしている。
 
「……泣いてない。……俺は、泣かない」
 
 泣くはず無い。
 恵のために、泣かないと誓ってから。
 俺は、俺のために泣いたことなんか、無い───
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「天野君、遊ばない!?」
 
 公園の滑り台の上から、よく一緒に遊んだトキオが叫んだ。
 
 そっちを見上げると、滑り台の上と下に、何人か転げ回って遊んでいる。
 
「おーい!」
「克晴くーん」
 
 口々に、仲間に入れと、俺を呼ぶ。俺が、前にやっていたように。
 
「悪りー! 俺、これから塾なんだ!」
 
 眩しいその光景を、見つめながら言った。
 
「えー、塾ばっかだね!」
「うん。……ごめんな」
「いいよ! また、遊ぼうねー!」
「うん……じゃな!」
 
 笑顔で手を振って、オッサンの待つ車に向かった。
 今日は家の前まで来れない、とかで。俺が大通りまで、歩いて行く途中だった。
 
 オッサンに、ホテルに連れ込まれるようになって……
 もう、前みたいに友達とは、遊べなくなった。何も知らない、無邪気な笑顔。そいつらの顔を見ていると、どうしようもなく、辛くて。
 なんで、俺ばっかり……いつも、そう思った。
 
 部屋に入ってオッサンが、俺を抱き寄せる。
「克晴……」
 俺を見てないくせに、俺の名前を呼ぶ。
 時々、分かるんだ。こいつは、俺の父さんを見てる──
 
 
 
 それでも、俺を抱き締める。
 なんで俺なんだ。なんで、こんな事されなきゃならないんだ。
 
 身体が、変わっていく。
 変な感覚を、覚えさせられる。
 それに、抵抗できなくなってしまう恐怖…
 こんなこと……なんで俺に──
 
 いつも、そう思っていた。
 
 俺は、どうしていいか、わからない。拒否することも、もちろん受け入れることなんかも、どっちも出来なくて。
 
 俺って、なんだ?
 ………オッサンにとって、俺って何なんだ…? 
 俺を、どうしたくて…こんなことし続けるんだ───
 
 
 
「ん……」
 腰が……熱い……
 
 
 何度も繰り返す。“気持ちいい”こと
 
 やだ……嫌だ…………
 
 
 
 
「─────」
 背中から抱き締められて、俺は一瞬、起きた。
 ────夢……
 
 またすぐ、意識は真っ暗になった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ……はる
 
 ………かつはる……
 
 
 
 
 
 誰かが……
 
 
 ────克晴……
 
 
 
 俺を、呼んでる……
 
 
 
 ────克晴……
 
 
 優しい声。耳元で囁く。
 
 背中が、あったかい……
 
 
 ……背中……?
 
 
 
 ───泣かないで───
 泣かないで、克にぃ……
 
 
 ………めぐみ…
 
 
 ───克にぃの悲しい気持ち、僕が癒す……
 
 
 恵の腕が、背中から俺を抱き締める。小さな身体で、精一杯、腕を回す。
 メグ……メグも、あったかい。ありがとうな……
 
 頬が熱い。
 ……俺、悲しいのか?
 熱いものが、伝ってる。……俺、泣いてるのか?
 
 ……メグ……俺は……
 なんで、悲しいんだ……?
 
 
 大学のトイレでされたことが、思い出された。
 ズキンと、心にトゲが刺し直される。
 何度でも。
 あれを思い出すと、心から赤い涙が、流れるんだ。
 ───何で……?
 
 俺は……なにが、悲しいんだ?
 
 
 
 何かを探してる
 俺は……
 
 
 
 
「や……」
 身体が熱い……思考を乱す。
 もう…やめ………考えさせろ……
 
 
 
 
 
 
「…………」
 ぼんやり、目が覚めた。
 まだ恵の温もりが、背中にあるような気がする。
 
 ───違う。
 振り向かなくったって、判る。
 
 
 重い腕をシーツの上でずり動かして、頬を触ってみる。
「…………」
 なんともない。
 
 ───泣いていたのは…夢の中だけか。
 
 色々な夢を、次から次へと見ていた気がする。
 子供の頃のことまで。
 
 あの頃の辛かったことが、思い出された。
 封印していた記憶。
 夢でも見ないと、思い出さない───
 


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