chapter3. true courage  -ほんとうの勇気-
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 2
 
「……あの、柴田先生っ……!」
 
 あれから、何日も経っていて───
 帰りがけの廊下で、先生を見つけた。背の高いスーツの後ろ姿が、職員室の中に消えてくとこだった。
 
 入っちゃったら、呼び出せない!
 ……そんな気がして。焦った僕は、気が付いたら叫んでいた。
 
「先生……まって…!」
 
 
 
「……天野!」
 柴田先生は驚いた顔で、近寄った僕を見下ろした。
「……どうした?」
 僕の目線まで屈んで、優しく微笑んでくれる。
 
「……………」
 
 呼び止めたはいいけど……なんて言っていいか、わからない。
 なんて聞いたらいいかなんて、その言葉すら、僕は見つけてなかったんだ。
 
「せんせい……ぼく……」
 
 
 ……心臓がドキドキする。
 ───なにを、どう言ったら……
 
 桜庭先生の名前……出しちゃ……マズイ……
 じゃあ、なにを………?
 あの写真が、頭を過ぎる。やだ……あれは、だめ……。
 
 鼓動が早い……息が苦しい……
 
 柴田先生が、じっと見つめて、待ってる。
 真剣な目で、僕が口を開くのを……待ってる。
 
 
 
 …………助けて
 先生………助けて……!
 僕、もうヤダよ………!
 
 
 
 叫ぼうとするのに、唇は震えて…喉が嗄れて、声が出ない。
 ドクッ、ドクッ、ドクッ
 心臓が早い……胸が苦しい─────
 
「───────」
 
 目の前に寄せられた顔を、見つめたまま。
 僕は、動けなくなっていた。
 
 
 
 
「天野……」
 柴田先生から、声を出してくれた。
「救急センセイが、必要か?」
「…………」
 首を縦に、振ったと思う。……身体…動かない。
 
「そうか」
 ニコリと微笑んで、直ぐ横にある生活指導の個室へ入るように、肩を押された。
 小さい部屋の中で、パイプ椅子に先生と二人きりで向き合って座った。
「じっとしてろ。これ、綺麗だからな」
 先生はポケットからハンカチを出して、僕の顔を拭いてくれた。
 ………すごい汗。顔だけじゃない。全身びっしょりになっていた。
 
「ここなら誰も聞かないから、いいだろ?」
「…………」
 僕はなんとか頷いて返した。
 でも……こんな改まると、よけい言葉が出ない…。
 じっと見つめ続けるだけの僕に、先生はまた助け船を出してくれた。
「天野は、携帯持ってないよな?」
「……………?」
 また頷いて返した。
「ご両親に、欲しいって言えるか?」
「……………」
 ───携帯?
 欲しいって……親に?
 僕は、とうさんにもかあさんにも、何も“欲しい”なんてお願いしたことが無い。克にぃが全部揃えてくれてたし、携帯なんて……
 “何で必要なんだ?”って、聞かれたら……なんて説明したらいいの……
 
「言葉で言いにくかったら、手紙でもいいんだ。先生に何か伝えてくれたら。でも携帯の方が、すぐに返事ができるからね…」
「……………」
「自分で言えなかったら、先生が言ってもいいか?」
「え…」
「家の都合によっては、子供に携帯なんて持たせられない場合もあるからな。先生が貸してあげる」
 ………貸して!?
「でも勝手にそんなコトしたら、ご両親に怒られるからね。許可を取るんだよ」
「…………」
 そんなことしたら、僕が携帯を必要としてること、親にわかっちゃう。
 やっぱり“なんで?”って、聞かれる……また、嘘をつかなくちゃいけないんだ……
 
 ─────でも……
 
 柴田先生を、巻き込むなら。
 他の人に相談するって、そういうことなんだ……膝の上の握り拳に、ぎゅっと力を入れた。
 親にも、霧島君にも……誰にも隠して、嘘ばかりついてきた。自分で、なんとかしたかった。
 ………でも……
 
 
 
 ────桜庭先生……
 僕ね、先生のおかげで、分かったことがあるんだ。
 
 どうしょうもないとき、他の人が助けてくれるの……嬉しい。
 平林君達にあんなことされて、凄い怖くて……
 先生が僕を、助けてくれた。
 先生のことキライだって思ってて、助けて貰えるなんて、思ってもなくて。
 だけどあの時は、先生にすがったんだ……僕。
 抱き締めてくれる腕が、もの凄い心強かった。あの中学生たちより“大人”の桜庭先生が、頼もしかった。
 
 あのことで本当に、思ったこと。
 自分でどうしょうもないときは、頼るしかないんだって、わかった。
 
 ………誰かに、頼るしかないって……
 より強い、誰かに…………
 
 
 
 
 
 
「───────」
 僕はしっかり柴田先生の目を見て、頷いた。
 緒方君の言葉も、思い出す。
『親だから、聞くんだろ! 子供の悩みだぞ!?』
 とうさんに、相談はできない。
 でも、頼るしかないんだ……。
 
「僕からも……頼んでみる」
 
 先生はちょっと驚いてから、微笑んだ。
「そうか、偉いな」
 ぽんぽんと、頭を撫でてくれた。
 
 
 
 
 
 その日の夜、勇気を出して、とうさんにも声を掛けた。
 
 弱虫の僕は、また迷ってたけど……
 柴田先生が、先に何か言う前に。
 先生が先の方が、きっとよくない。
 そう思うから…僕から先に、お願いしなくちゃ。そう思ったんだ。
 
 こんなこと、自分でお願い出来なきゃ。もう僕は……一人前なんだから。
 
  
 いつものように、リビングで恐い顔で新聞を広げているところへ、近づいた。
「とうさん……」
「なんだ?」
 声だけが、返ってくる。
「僕……携帯電話、欲しい」
「…………」
 バサリと新聞を置く音。じろりと恐い顔が、僕を見る。
「携帯電話? なんでそんな物が必要なんだ」
 ………やっぱり。
 僕は用意していた言葉を、言った。
「みんな持ってるし……無いと…不便なの……」
「不便な訳は無いだろう。克晴みたいに、塾に通っている訳でもないのに」
「──────!」
「そんな理由じゃ、必要ないな。小学生が携帯なんか」
 それだけ言うと、またバサリと新聞を開く。
 もう“大人の空気”を纏って、僕を寄せ付けなくなってしまった。
「……………」
 
 
 もう、それ以上声が出せない。
 
 ……違うの……本当は…声が出なくなるから。
 伝えたいことが、言えないから……その代わりに、必要なの……
 僕、「助けて」って言いたいの!!
 
 そう、言いたいのに。
 声が、出ない。
 
 ………緒方君、わからないよ。
 とうさんに相談するって…どうやるの?
 克にぃは、どうお願いしてたの……?
 克にぃになら、とうさんは……「いいよ」って言うのかな……
 
 
 それ以上は、僕には無理だった。
「……お休みなさい」
「お休み」
 
 いつもの会話。
 これだけが僕ととうさんの、親子である繋がり。
「……………」
 ベッドで丸くなって、眠れなかった。
 ずっと思っていたことが、やっぱりそうかって、思わされる。
 とうさんは、僕が嫌い。
 克にぃみたいに、しっかりしてないし……じゃま者なんだ……
 父さんが僕に何か言うときは、必ず“克晴は”が、前に付く。“それに比べてお前は”という目で、見る。
 
『とうさんは、僕が嫌いなんだ! だから僕も、キライ~ッ』
 そう言って、泣いたことがあった。
『メグ、そんなこと、あるはずないだろ!?』
 あの時は、克にぃが珍しく、怒ったんだ。
『二度とそんなこと、言っちゃダメだよ! 父さんを嫌っちゃ、ダメだ!』
『なんで!? 克にぃは好かれてるから、そんなこと言うんだよぉ!』
 泣きながら見上げたら、克にぃも、泣きそうな顔をした。
 いきなりぎゅって僕を抱き締めて、腕の中にくるんで。
『メグ……自分からキライになったら、本当に嫌われてしまうよ』
 静かに、耳に囁く、大好きな声……。
 それがとっても、悲しい声だったのを覚えている。
 そのせいで、泣きやめなくて………克にぃを困らせた。
 
 
 ───克にぃ……
 もし、さっきのとうさんを見ても、同じこと…言う……?
 
 


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