chapter3. true courage  -ほんとうの勇気-
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 8
 
「天野!」
 
 次の日の朝。登校の途中、学校のかなり手前で、緒方君に呼び止められた。
 
「あ……」
「昨日は、ごめん!!」
 
 ぺこーっと頭を下げて、緒方君は何度も「ごめん」を繰り返した。
 
「オレ、どうかしてた! あんなこと……ごめんな!」
「……………」
 あの一瞬は、本当に怖かった。
 いつもの緒方君じゃなくて……桜庭先生みたいに、目が…変に光って……
 でも、何度も謝るその顔は、いつもの緒方君だった。
「オレ、天野に嫌われたくないんだ」
「………………」
「もう、あんなことしないから…好きとか、言わねぇから……ごめんな?」
「………うん」
 
 僕も、仲直りはしたかった。
 学校でまた独りぼっちは……嫌だったんだ。
 
「僕……びっくりして……逃げちゃって、ごめんなさい…」
「なんで、天野が謝るんだよ! オレが悪いんだろ?」
 緒方君の顔もビックリになって、大声を出した。
「それより、これ……」
「あ!」
 差し出してきた手の中には、薄桃色の携帯電話が握られていた。
「僕……忘れてっちゃったんだ」
「オレが、返しそびれたんだよ」
 また言い直しをされて、緒方君を見上げた。
 優しい顔で、微笑んでる。
 それからまた、一瞬だけ苦しいように眉を寄せて、静かに言った。
「ほんと、ごめんな。……操作、また教えてやるから」
「うん……おねがい」
 僕もほっとして、笑い返した。
 
 
 
 その日の昼休み……
 まだ片手を吊ってるのに僕を膝に乗せて、桜庭先生は胸を触ってきた。
 
 ───あ…今日は、するんだ……
 
 ベッドに連れて行かれる時、嫌でもそう覚悟する。
 
 胸に手が滑り込んできて、体がビクンと震えた。
「……あっ」
「ふふ、可愛い声。どう? ……時々ぼくがこうしてあげないと、辛いでしょう?」
 そこを、きゅっと強く摘まれて、腰の奧が痺れた。
「あ……せんせ……」
「……だめ。嫌がったら、お仕置きするよ」
 ───────!!
「……ごめんな…さい」
 思わず押さえた先生の腕を、離した。
 先生の胸に背中で寄り掛かり、体重を預ける。
「そう……それでいいの」
「ん……ぁ…ん……」
 体中の敏感なところを触られて、その度、恥ずかしい声が出る。僕はもうそれを、抑えられなくなっていた。
「可愛い……大好き…大好き……ぼくの天野君……」
 耳元で、先生が囁き続ける。
 
『好き…メグ……愛してる……』
 
 同じコトをいいながら、同じコトをしてる。
 ………みんなそう……でも、なにか違う………
 僕にはそれが、わかんない────
 
 
“先生を好きになったら、僕を嫌いになってくれるの…?”
 そう、訊いたことがあった。
 克にぃを好きな僕が、好きだって言うから………
 
“好きと愛してるって、どう違うの……?”
 先生達の『好き』は、どうしても違う気がするから……教えて欲しくて、きいちゃった。
 その時の先生の答えも、難しすぎて…。反対に、“なんで克にぃじゃないとダメなの?”って訊かれた。
 それと同じ……なんて、本当にわかんない……。
 
 
「あッ! ……ああぁッ……ぅん……」
 急に強く吸われて、大きな声で喘がされた。
「天野君……集中して……」
「…………ごめんなさい」
 先生の口の中に包まれて、僕の身体は熱くて……すごい汗を掻いていた。
「ほら、足をもっと開いて。……天野君の好きなこれをあげる」
「んんっ……はぁ……」
 指が入ってきた。
 ……好きじゃない……先生、そういうこと言うの、やめて……
「本当は、こんなんじゃもう、物足りないよね。もうちょっと我慢してて……ぼくの怪我が治ったら……」
「んあッ…ああぁ!」
 急に何本にも増やされて、出し入れされて、すごい刺激…!
「ほら、こんなにトロトロ……天野君のここ、悦んでるよ」
 ……やぁ…やめて……言わないで……!
 反応するみたいに、体や顔が、熱くなるの…やだよ───先生のコトバ……キライだよぉ……
 
「さぁ、可愛い声…聴かせて。先生にえっちな天野君を……見せて」
 舌と唇が……何本もの指が、身体の中と外を刺激する。僕はどんどん、高められていった。
「ああ……せんせ…せんせい……でちゃう…いく…いくっ……!」
 大声にならないように手のひらで自分の口を塞ぎながら、身体が痙攣して、先生の口の中で達した。
「………はぁ…」
 先生はそのあと、必ず嬉しそうに唇をぺろりと紅い舌で舐めて……僕を見る。
「良かったでしょ?」
「……はい」
 この言葉で、今日が終わる────
 
「せんせ……」
「うん?」
 綺麗に身体を拭いてくれる手を止めて、先生は顔を上げた。サラサラの長めの髪が揺れて、優しげに目を細めて……。
「僕…授業終わってからでも、来るから」
 ───そんな顔、僕だけに向けてちゃ…だめなのに……
「他の子の後回しは……やめて」
 
 
「─────!」
 
 一瞬、引きつったような、恐い顔。
 息を詰めて吊り上げた目は、先生じゃないみたいに……怖かった。
 
「……天野君が……そう言うなら…」
 直ぐにいつもの顔に戻って、掠れた声で、にこりと微笑んだ。
 
 
 
 
 
 ────怠い……
 久しぶりだし、そうじゃなくたって、あれの後は……
 
「天野、大丈夫か?」
 緒方君が、心配してくれる。屋上への扉に寄り掛かって、なんとか身体を起こしていた。
 ……しっかりしなくちゃ……霧島君と同じコトになっちゃう。
「うん、へーき」
 笑って返して、携帯を取り出した。
「ね……昨日の写真、消すにはどうしたらいいの?」
「えっ! 消すなんて、もったいない! ……オレにくれよ!」
「く……くれって…!」
 また可愛いって、言い出しそうで、僕は真っ赤になった。
 
 昨日のケイタさんのコトバを、思い出す。
『可愛いなあって思うのが、好きの理由だっていいじゃん』
『ガッコの女のこと、可愛いなって思ったことないのか……おまえ、初恋もまだなんだ!』
 そして緒方君の言葉………
『女子に思うみたいに、好きなんだ』
 
 
「…………」
 はつこいって……恋って…?
 また一つ、わかんない言葉が増えた。
 ……僕が克にぃを好きなのは、いったいどの“好き”なんだろう……?
 
 ───克にぃ…
 思い出すと苦しくて。
 胸が熱くなって……
 痛くて、痛くて……勝手に涙が出てくるの……
 
 …緒方君も、そうなの……?
 ……女子を思うみたいにって…それって……
 
 
「──────」
 なんか、心臓がかってにドキドキ鳴り出すし……やっぱり、意識しないわけに…いかないよぉ。
「………」
 携帯を両手で握り締めて、上目遣いに横の緒方君を見上げた。
 しっかり顔を、起こせなくて……
「……天野……そんな顔で、オレを見上げちゃだめだ」
「……えぇ…?」
「また、抱き締めたくなっちまうだろ」
 
 …………そ…それは、緒方君も…だめ……
 
 昨日みたいに、壁と扉の角に追いつめられる感じで、緒方君の顔が迫ってくる。
 また……キスされたら、どうしよう……今日は逃げる体力が、ないよ……
「ね、あの……どんなカオ…したら、いいの…?」
 僕の声に、緒方君の顔がますます近い。じっと見つめてくる。
「───可愛いカオ、以外……」
 
 ………む…むり……わかんない、そんなの…
 
「……ぼくっ…克にぃ以外、ほんと……だめだから!」
 じわじわと迫られて、怖くなって、そう叫んでいた。
「……カツニイ?」
「うん、克にぃが……大好き。だから…他の人は……考えられないの」
 またキョトンとしたカオが、僕を見下ろす。
「───はは……そっか、な~んだ、カツニイか!」
 嬉しそうに笑い出した緒方君に、僕はビックリした。
「天野は、そんなにカツニイが一番なんだ!」
「うん……なんで?」
 なんでそんな、楽しそうなの……?
「や、兄貴じゃしょうがないよなって思って! ほんっとに、天野はブラコンなんだなー!」
「ぶ…ぶらこん?」
 緒方君も、昨日のケイタさんみたいに、意味の分からないコトバを使い出した。
「まあいいよ、わかった。オレもスッキリした。ハッキリ言ってくれて、サンキュ!」
「え…うん……」
 爽やかに笑うと、僕の手から携帯を引き抜いた。
「貸してみ。どうするか、教えてやるよ!」
 
 その後は、昨日のことが無かったみたいに、自然に話せた。
 僕は真剣に、操作を覚えた。
 
 
 
 
 
 ───あ、霧島君…
 次の日も携帯塾を開いてもらった後、昇降口まで降りていくと、数人が大声で騒ぎながら出て行くところだった。
 その中に、頭一つ飛び出た見慣れた姿。
 僕は思わず足を止めて、その背中が消えるまで、廊下の影から出られなかった。
「天野?」
 上から、緒方君の優しい声。振り向いて見上げると、白い整った顔が見下ろしてくる。
 いきなり止まったままの僕に、どうした? って目を向けていた。
 ────緒方君とは、仲直りできたのに……。
 霧島君とは……だめなのかな……
 
 今日の昼休みも、最後までだった。側にいるだけじゃ、許されなかった。
 午後はやっぱり、ふらついちゃったけど───何も訊かないでくれるから、緒方君には、嘘を付かないでいられる。
 問いつめるから……僕は嘘ばかりで、あの手を振り払ってしまった……。
 心配してくれたのに───だからこそ“どうした?”って訊いてくれたのに───
 
 ───もうそろそろ、先生のケガも完全に治る。
 そしたら、指なんかじゃ済まない。先生が……入ってくる…
 
 
 ────怠い………
 
 
「お、おいっ! ……天野!?」
 目が回って、そこに倒れ込んで……それっきり何も分からなくなった。
 
 
 
 
 
 
 
「……………」
 
 眩しい……
 この天井は……
 よく気を失っては、これを眺めながら目を覚ました。見
 慣れた蛍光灯……白い衝立カーテン。
 
 
 ────保健室!?
 
 僕は飛び起きようとして、目眩で顔しか起こせなかった。
「………はぁっ…」
 深呼吸をしながら、思わず身体を確かめた。
 
 ───服……着てる。
 何かされた感じも、ない。……僕……どうしたんだっけ…?
 
 
 ───あ…
 帰ろうとして、倒れちゃったんだ………
 
 ……緒方君が、運んでくれたのかな。
 壁掛け時計は、あれからもう、何時間も経った数字を指していた。
 
「────あッ!!」
 ……携帯電話! 
 あれ、桜庭先生に見られてたら……
 慌てて、周りを見回した。枕元の備品台に、ランドセルが置いてあった。
 急いでふたを開けて、一番外側の小さいポケットを探った。
「……あった」
 両手で握って、おでこに押し当てた。……よかった。
 
 ほっとして、ようやく部屋の静けさに気が付いた。
「………………」
 しんとしていて、衝立カーテンの向こうにも、人の気配がないみたい……。
 ふらつきながらも、ベッドを降りてカーテンの外を覗いた。
 
 桜庭先生…いない……?
 
 誰もいない保健室は、変に広くて、蛍光灯の光で……全体が白っぽく見えた。
 消毒液の臭いまで、いつもより鼻につく。
 
「……………」
 部屋の端から、見渡してみた。
 洗面台……薬品棚……普段は閉めきっている、前のドア。
 先生の机、イス……
 
 ─────!
 
 目を走らせていくと、僕がよく座る生徒用のイスの上に、白衣を見つけた。
 
 ………あ…
 
 ドキドキ……ドキドキ……
 心臓がいきなり、音を立て始めた。
 
 ────僕、知ってる……
 ケガをしてからの先生は、今まで首から提げていた携帯を、片腕で羽織るだけの白衣のポケットに、直接入れていた。
 白いポケットから、赤いストラップがいつも少し垂れていて……
 
 ────先生、本当に…いないの?
 
 今だ! 今だ! と、心の中で、誰かが叫ぶ。
 
 足が震える……ベッドから机までって、こんなに遠かったかな……
 辿り着いて、白衣のポケットを探ってみた。
 
 ────無い……
 
 大きな白衣を両腕で抱えて、しばらく動けなかった。
 無い……せっかくのチャンスだったのに……
 
 そのまま、後ろの出入り口の方を見た。
 …………?
 脱衣カゴが、衝立カーテンの前に置いてあって……先生のスーツの上と……
 
「……………!」
 白衣を投げ出して、カゴに飛びついた。
 
 ────あった……!
 
 ピンクの携帯電話が、赤いストラップを繋げて、置いてあった。
 これだ…僕を苦しめてた……
 
 ドキンッ ドキンッ ドキンッ
 
 早く……緒方君が教えてくれたように……
 携帯を開いて、写真の入っている画面を出そうとした。
 
 
 
 
 
「何……してるの? 天野君」
 


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