chapter3. true courage  -ほんとうの勇気-
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 4
 
『柴田先生、教えて』
『嫌なのに、しなきゃいけないとき、どうしたらいいの』
 
 
 
 
『“いや”って言える?』
『うん、言えた。始めは怖かったけど……何回も言ったのに』
『ダメだった?』
『うん。もっと……ダメだった』
 
『それは、家のこと? 友達のこと?』
 
 
 
『学校のこと』
『何がイヤか、先生にだけ、教えてくれないか?』
 
 
 
 
 
『言えなきゃ言わなくていいよ。じゃあ、なぜしなきゃいけない? しないと、何があるんだ?』
 
 
 
 
 
『言えなきゃ、いいよ。先生ならね、イヤでもした方がいい事なのか、そうじゃないのか。まず、考える』
『うん』
『自分のために、長い目でね、考えるんだ。この先の未来のために、もしかしたら役に立つ事が、今、大変なだけかもしれない』
 
 
 
 
 
『反対に、そんなことする必要が、まるっきりない。そうとしか思えない』
 
『うん』
『それは、やめなければダメだね。イヤって言っても、ダメだったって? 誰かに何かさせられているんだ?』
 
 
 
 
 
『それが、学校で教えてることに背く、悪いことだったら……君の将来に関わってしまうよ。相手は、数人? 暴力は振るうか? それとも、言葉で何か言いつける?』
『ひとり。言葉と…』
『君が嫌だと言ってるのに、やめさせてもらえないんじゃ、危険だな。ソイツのこと、先生に打ち明けては、くれないか? 自分でどうにもならない時は、誰かに本当のことを言って、助けて貰うしかないんだよ』
 
 
 
 
 
 
『俺じゃ、先生じゃ、ダメか?』
 
 
 
 
 
『君が、せっかく助けを求めているのに。先生、なんとかしてやりたいよ』
 
 
 ────柴田先生……
 
 
『ソイツの悪いことしてるトコ、証拠をつかめないか? 証拠ってわかるよな? その場面に関係することだ。それを見れば、ソイツを懲らしめられるような。それとも、ソイツは何もしないで、君にだけに、悪いことさせているのか?』
 
 
 ─── 一緒に……してる。けど………そんなの…
 
 
『もし、警察なんかに先に見つかったら、大変だから。早いほうがいい。なにか手がかりになる事、教えて欲しい。何でもいいから、気がついたら知らせてくれ。お願いだよ?』
 
 
 ───違う……柴田先生…ちがうの………何か違う……
 
 
 
 
 
 
 
『先生、それでも。どうしても言えないときは?』
『どうしたらいいの』
 
 
 
 
『どうして言えないか、教えてほしい。そいつに何か、脅されているのか?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一週間かけて、やっと……
 僕なりに、メールのやりとりをした。
 
 柴田先生は、勘違いしてる。
 たぶん、平林君達がしてることみたいな…あっちの悪いことを、想像してるんだ。
 
 はっきり言えなくて、ごめんなさい……柴田先生。
 言わないまま、なんとか出来ないかと、思ったんだ。
 
 でも…助けてもらうってことは、教えるって事だ。
 やっぱり、それしかないんだ……
 
 
 
 あの恥ずかしい写真…あんなの、柴田先生に見られたら────
 
 
 
 
 
「天野、今日はメール、やんないの?」
「………え?」
 
 
 緒方君が、どうした? って顔で、後ろの席から聞いてきた。
「持ってきてないのか?」
「…………」
 この一週間ずっと握り締めていた携帯を、今日は家に置いてきちゃった。
 
 
 
「うん……もう、いいの」
 
 
「もういいって……せっかく教えてやったのに!」
 さっきの五時間目が体育だったから。額に汗をキラキラさせて、前髪を掻き上げている。
 緒方君は相変わらず、霧島君と争ってボールの奪い合いをしていた。
 二人が並ぶと、すごい目立つ。時々仲が良さそうに話してるのを、遠くから眺めてしまった。
 
「持ってこいよ。他にもいろいろ教えてやるよ」
「うん…ありがと」
 まだ少し残暑で、教室が暑くて。
 それでも全開にしている窓から、涼しい風が入ってくるようになった。
 緒方君の掻き上げた前髪が、サラサラと風になびいた。僕は窓の縁に背中を寄り掛からせて、爽やかな顔を見上げた。
 
 ………さらさら……
 ……克にぃも、霧島君も、緒方君も……みんな、サラサラ真っ直ぐな髪……
 
「天野の髪、ふわふわ」
「えッ?」
 考えてたことと同じコトを言われて、びっくりした。
「風にそよいで、気持ちよさそうだな。触っていい?」
 こそっと言ってくる。
「や……ここじゃ…!」
 慌てて体を後ろに退いて、首を横に振った。
 そういう、あんまり目立つこと…教室でやめて欲しい。視界の端には、前の席の子と騒いでる霧島君が映ってるし。
「じゃあ、あとでヒトケのないとこ、行こう!」
「…………」
 真っ赤になった僕に、ニッコリと微笑んだ。
 
 ───緒方君て、時々おもちゃみたいに、僕に触りたがるんだ。
 ……改めてこんなふうに言われると、何て言っていいか…ホント困る……
 
 
 
 
 
 
 
「おい、天野!」
 帰りがけ、緒方君と教室を出たところで、急に呼び止められた。
「…………?」
 話したこともない名前も知らない子が、すごい恐い顔で睨み付けてきた。
 ……なに?
 
 
「おまえさ、あんま桜庭先生を、独り占めすんなよな!」
 
「………え?」
 
「おまえが保健室に入り浸ってんのは、知ってんだよ! おまえのせいで、オレらが相談できないじゃんか!」
「………なに」
「今日オレ、給食食べる前に行ったんだ! 混まないうちにと思ってさ」
「……………」
「そしたら、“君は後で”なんて、言われたんだよ!」
「…………!!」
「天野は、後回しにされないよな? おまえのせいって、ことだろ!?」
 
 ────桜庭先生……?
 先生は、僕にはともかく…カウンセリングは、真剣にやってたはずなのに。
 何回か出そびれちゃった時、衝立カーテンの影で、聞いていたことがあった。
 その子がしゃべり出すまで、じっと待ってて……優しい声で、何度も何度も……言いたいことを、聞き出してあげて……
 あの時の桜庭先生は、その子にとって、とても“頼れる先生”だった。真剣なのが、僕にもすっごいよく伝わってきた。
 ………なのに、後回しって……
 
「おい、言い掛かり、つけるなよ」
「……!」
 緒方君が、きつい声で言い返した。僕を背中に庇うように、その子との間に立つ。
「他のヤツだって、いるだろ? 本当に天野だけか?」
「……後回しにされたの、他にもいるよ。されてないのが、たぶん…天野だけだ!」
 
「…………」
 
 緒方君の迫力に、弱腰になりながら、まだ僕を睨み付けてくる。
「…………なんで…」
 僕は、答えにならないことしか言えないまま、走り出した。
「あ、天野!?」
 緒方君がすぐ、追いかけてきた。
 
 僕は階段の一番上に駆け上がって、しゃがみ込んだ。
 屋上へのドアが、開けばいいのに!
 何処までも逃げていきたい!
 
 ───桜庭先生が、変わっていく……怖いよ…!
 
 
「…………あまの?」
 
 膝を抱えて蹲る僕を、緒方君は正面から床に膝を突いて、抱えてくれた。
 肩がビクンと、震えてしまった。
 
「ひとりで、泣くなって…」
「………うん…」
 
「今日も保健室に行ったよな、天野」
 震えが止まった頃、やっと顔を上げることが出来た。
 いつもは何も聞かない緒方君が、今は横に座り直して聞いてきた。
「…………」
「いつも、給食食べてすぐ……それで、後回しにされたこと、あるか?」
「……ない」
 待ったことはあった。僕より先の子がいれば、当然……。そんな時は、放課後に行き直していた。
 でも、放課後は───
 昼休みなら忙しいから、いつも15分くらいで終わる。でも時間があるときは、長くて……なるべく避けたかった。
 
 ────あ…!
 
 先生の行為を思い出したら、体が熱くなった。腰からゾクリと、あの嫌な感覚が湧いてくる…。
 ………やだ……僕も、変わってく………
 
 
 
 緒方君に、こんな恥ずかしいこと、気が付かれたくない。
「……明日、携帯持ってくる! 明日、教えてね!」
 そう言って、急いで立ち上がると、階段を駆け下りて逃げてしまった。
「天野!?」
 驚いた声が後ろで響いたけど、止まれなかった。
 
 
 走って走って、家にたどり着くと、2階の部屋に駆け込んだ。
 ランドセルを机に放り投げて、青と白の海にダイブ!
 ───克にぃ! 克にぃ! ……こんなこと、独りでやったって、面白くないよ!
 潜り込んだ布団の中で、体を抱えて丸くなった。
 広すぎるベッドの真ん中で、深い海に溺れていきそうな気がした。
 
 ───いっそ、溺れちゃえたら……
 ……あの屋上に出られたら、どこまで逃げられただろう……
 
 よくない考えが、頭の中をグルグル回る。
『そんなこと、言うなよ!』
 霧島君の怒った顔が、何故だが頭に浮かんだ。
 そう言って、きっと怒る。すぐ怒るんだ……霧島君は……
 
 
「…………」
 どれくらい経ったんだろう。
 気が付いたら、泣き疲れたまま寝ちゃっていた。カーテンも閉めていない窓の外が、かなり暗い。
 枕元に投げ出していた、携帯のメール着信音で、起こされていた。
 
 ───あ……
 開いてみると、柴田先生からのメールが、何件も入っていた。
 
『相談することをあきらめないでくれ』
『先生も、突き止めるようなことは、もう訊かないよ』
『天野……明日、学校で』
 
 最後のメッセージは、たった今着信したものだった。
 ───こんな遅くまで……先生……
 
 もう夕ご飯になる時間なのに。まだ先生は、学校にいるのかな。
 ……にしても
「…ふ……柴田先生ってば……」
 “天野”なんて、打ち込んじゃって。
 相手が僕だってこと、先生が判ってることが、ばれちゃったよ。
 
 当然なのかな。……先生から借りた、携帯だもんね。
 コレを貸してくれる時は、
 “相手が誰だか先生からは、わからないから。いっぱい来る中の、どれが天野のなのか、判らないから。安心して、何でも話せ”
 なんて、言ってたのに。
 
 
 僕のこと心配してくれて、何度も何度もメールくれたんだ…。
 
 
 
『俺じゃ、先生じゃダメか?』
『君が、せっかく助けを求めているのに。先生、なんとかしてやりたいよ』
 
 
 
 その文字を画面に出して、何度も読み直した。
 ───僕だってわかってて、言ってくれたんだ。
 “天野を助けたい”って……
 なんか、胸が熱くなって、画面がぼやけた。
 
 真っ直ぐの目で、僕を見て……
 そう言えば、柴田先生はずっと僕を見てたって、霧島君が言ってたことあった。
 
 ……柴田先生になら、言えるかな。
 本当のこと……
 
「…………」
 手の中の携帯を、力を込めて握り締めた。
 この携帯……これと同じものが、桜庭先生の胸ポケットにある。あの中の物が、僕を苦しめる。
 


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