chapter3. true courage  -ほんとうの勇気-
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 5
 
 次の日の朝、ランドセルを背負う時、何気なく机の上を見た。
 昨日乱暴に投げちゃったから、並んで置いてある克にぃの机まで、滑って行っちゃってて。
 
 
 
 克にぃの机の上は、あの日の朝まで使っていた、そのまんま。
 
 鉛筆立て
 消しゴム
 辞書
 ノート
 CD……カレンダー……
 僕と写ってる、写真立て………
 
 
 ───克にぃ…これも、置いて行っちゃって……
 
 
 “私物を取りに、そのうち帰ってくるだろう”って、とうさんは言ってたのに。
 
 ぷつり。
 そんな感じで、克にぃは消えちゃった。
 
 
「……………」
 二人で写っているその写真は、何も知らない頃の僕が、後ろから克にぃに抱き締められて笑っていた。
 
 きらきら……
 輝いて、春のやわらかい光の中。
 克にぃの笑顔は、………眩しすぎる……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「───え!! 何だこれ……これがカツニイ!?」
 
 
 
 
 
 あの写真を学校に持っていって、緒方君に見せていた。
 最近は毎日行くようになっていた、階段の一番上で。
「……うん」
 克にぃのこと喋るとき、わかりやすいかと思ったんだ。
 
 
 
 
「霧島に、マジ……似てんじゃん…」
「………うん」
 
 
 ここも、写真と同じように優しい光がキラキラ。
 屋上への扉の磨りガラスから、秋になりかけの柔らかい光が入ってきてて。鉄製の扉に寄り掛かって座ってても、とっても暖かだった。
 床や壁に反射して、ぼんやりとそこら中が輝いてる。驚いている緒方君の、白い顔も。
 
「いや、でも……似てるってだけで…」
 目も口も大きく開けて、緒方君は写真を見つめた。
 
「こっちのほうが………この人…かっこいーなー……」
「うん……大好き」
 
 誉められて、嬉しくなっちゃった。
 首の回りに、克にぃの吐息を感じる。優しい腕が、柔らかく抱き締めてくれる。
 写真を一緒に見ていたら、懐かしいそんなことを、思い出して。
 
「ってか、あまの、可愛いッ!!!」
「えっ」
 
 写真が鼻にくっつくほど、顔に近づけて、手を震わせている。
「スッゲー可愛い! こんな顔して笑うんだ!」
「……あ……うん」
 
 学校じゃ、そんなに笑わなかったかも。
 克にぃが、僕を笑顔にさせてくれてたから。くすぐったり、走り回ったり、抱きついたり。僕は大声出して、はしゃいでいた。
 
「オレ、天野が霧島と一緒にいる時から、よく見てたけど……」
「…………」
「そんときから、可愛いなーと思ってたんだ」
 ………うあ…また、そういうこと……
 
「こんな笑顔、見たことなかった!」
「もう……いいよ。かえして…」
 なんだか緒方君と話していると、すぐそういう話しになる。
 僕は返事に困ってしまうから、そういうの、ヤメにして欲しかった。
 
「……返さない!」
「え?」
 片手に持った写真を、頭の上でひらひらさせて、緒方君はにやりと笑った。
 
「天野、写真撮らせて!」
「…………?」
「携帯、持ってきたろ? 出せよ」
 
 
 
「な……なんで……」
 
 ───写真って……
 一瞬、あれを思い出して、怖くなった。
 
 
 
「オレにも、笑顔の写真くれよ! そしたら、これ返すから!」
「……えぇ!」
 
 緒方君は、強引に僕から携帯を奪うと、ファインダーを向けてきた。
「天野、ほら……笑って、笑って!」
「そ……そんな急に言われても…!!」
 
 真っ赤になっても、笑顔なんかになれなかった。
 
 明るい日差しが、あちこちに反射してて。緒方君の笑顔は、綺麗で、すっごい楽しそう。
 なのに僕ときたら、そんなふざけっこも、ちゃんとできない。
 
「天野…」
 泣きそうになった僕に、緒方君は写真を差し出してきた。
「ごめん……オレ、どうかしてた。これ、返すよ」
 済まなそうにちょっと俯いて、声もさっきとは違って、落ち込んだ感じ。
「……ううん。僕こそ……ごめんなさい」
 緒方君まで、笑顔が消えちゃった。
 その表情で、霧島君を思い出した。僕はいつも、皆にこんなカオをさせてしまう。
 
「はは、なんでお前が謝るんだよ。……ほら」
「うん……」
 よかった……僕の、大事な克にぃの写真……
 それを両手で受け取った。
 
 カシャッ
 
 突然、聴き慣れた音。
「やり♪」
「エッ」
 緒方君が楽しそうに、携帯を眺めている。
「見てみ、ほら!」
 画面には、俯いて微笑んでいる僕がいた。
 
「へへ、笑ってるとこゲット! 可愛いなぁ」
 嬉しそうに眺めては、僕にも見せてくれる。
 
 キラキラの光の中で、写真を見つめて…嬉しそうに微笑んで……
 うぁ……克にぃの写真、こんな顔で見てるんだ、……僕。
 それにしても………
 俯いてるその顔は、ほんとうに遠くから見たら、女の子みたいに見えた。
 ────やだな…。
 
 
「緒方君、その…可愛いって……やめて…」
 言われるたびに、恥ずかしいし、なんて言うか……悲しくなる。
 返事も出来ずに、会話が途切れちゃうのも。
 いつも通り赤くなりながら、僕は緒方君を見上げた。
「なんで?」
 上から不思議そうに、僕を見下ろしてきた。キョトンとした顔は、まるっきり僕の心を、わかってないみたい。
 
「僕……男だから」
 
 変な言い方に、なっちゃった。
 オンナとか言われるの、本当にイヤだから。
 カッコイイ“大人”の克にぃみたいに……外見はムリでも……
 
「気持ちは……男らしくなりたい……の…」
 
 どう説明して良いかわからなくて、やっぱり言葉が選べなくて。
 それだけ言って、まだ目を丸くしている顔を見上げた。
 
 
 
「天野……」
 
 
 緒方君の顔が、急に真剣な顔になった。
 泣きそうにも、見える。
 
 
 
 
 
 
「オレ、天野が好きだ」
 
 
 
 
「…………え?」
 
 
 
 
 急に言われた言葉に、すぐに反応出来なかった。
 見上げ続けていると、薄茶色い目が、じっと僕を見る。
 苦しそうに、眉が寄って……
 
 
 
「お前が、男でも……好きだ」
 
 
 
 ……緒方君
「………好きって……」
 
 
 その目を見返しながら、僕はまた、変な言葉しか返せない。
 好きって……どういう……
 
 
「女子に思うみたいに、天野が好きなんだよ!」
 ぎゅっと抱き締められた。
「あっ…」
 
 かなり慣れてきていたけれど、今回のは何か違う……
 僕は焦って、その身体を突き放した。
 
「……やッ」
 
 !! ……離してくれない。
 また腕の中に抱き込まれた。
 
「逃げないで聞いてくれ。嫌われるのが怖くて…言えなかった」
「…………」
 ドキドキ……心臓の音が、聞こえる。僕も息が苦しくて、どっちの音か分からない。
 
 
「でも、“男だから”なんて言われて、我慢できなくなった」
「…………」
「そんなこと、オレには関係ないから」
 
 
 
 ────緒方君……
 絞り出すような声で……いつもの、余裕たっぷりの緒方君とは、まるで違う。
 必死にしがみつくように、僕を押さえる。
 
 緒方君……でも、僕には……
 
 ───霧島君と、同じなのに。
 僕の面倒を、見てくれるヒト……三人目のお兄さん…そして、やっとできた………二人目の友達。
 
 
 
「く……苦し…」
「……キスして、いいか…?」
「え」
 
 ──────!
 
 
 一瞬腕が緩んだ瞬間、緒方君の唇が、僕の口に押し付けられた。
 余りに突然で身動きが取れなくて……目を見開いて、緒方君を見つめた。
「ゴメンな……天野には、何がなんだか、だよな」
 顔を離すと、心配そうに見下ろしてきた。
「オレ、父さんに色々教えてもらってて……いろんなこと、知ってんだ」
「………………」
「好きなヤツには、こうするんだよ」
 また、唇が押し付けられた。
 
 やぁ……やだ……!
 
 僕は必死に抗って、顔を離した。
「しっ……知ってる……! 僕も克にぃに、いろいろ教えてもらったから……!」
 口を手で拭いながら、叫んだ。
 知ってるよ!
 僕、大好きな克にぃと、いっぱい大人のキスしてたんだ!
 なんでか悲しくて、涙が浮き上がってきた。
 
「え、知ってんのか。……天野、そういうの、まだまだだと思ってた」
 驚いた顔で、僕をジッと見る。
 それから、隅に追いつめた僕を、押し倒した。
「いたッ…!」
「どこまで、知ってる?」
「…………や」
「ごめん……オレ、……なんか…」
 跨って、腰を押し付けてきた。
「やだ……やだよ、おがたくんっ…!」
 
 
 僕はぞっとして、乗っかってきた体を、思いっきり突き飛ばした。
 転がるように、その下から這い出ると、急いで階段を駆け下りて逃げた。
 
 
 
 ─────緒方君も! ……緒方君もだ!!
 
 
 
 何で……何で!?
 ……みんな、同じことする!
 


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