chapter11. unusually soul  -異質の愛-
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 ───あれが…グラディス……!
 
 
 真冬の甲板の寒さは壮絶で、下から巻き上げてくる突風は、ジャケットもシャツもまるでマントの様に、はためかせた。
 でも今日のメイジャーは、いつものように俺を懐には、抱き込まなかった。黒いスーツの背中で隠すように、立つ。
 
 その後ろから手を翳して、風を避けながら見つめた先には……
 大型のクルーザーが、この船に近づいて来る。
 先のとがった流線型のそれは、白いボディに綺麗なラインを引いたような窓が、数段……その大きさに見合わないスピードで、近づいてくる。
 波しぶきを掻き分ける船頭に、その姿はあった。
「……………」
 ストレートのプラチナブロンドが、腰まで流れ落ちている。
 風圧で純白のロングコートが、翻って……遠目にもそれは光り輝いて見えた。
 仁王立ちで腕を組み、真っ直ぐにこの船を───いや、メイジャーを見ている。
 
 その壮麗な、立ち姿は………
 ───まるで……たてがみを揺らした、銀のユニコーン……
 
「魔性の美だ……」
 メイジャーの背中が、低音で振動した。
「アイツは……チェイスより危険だ。…気を付けろ」
「─────」
 シレンとチェイスも、甲板に上がってきた。主要幹部達が、その背後に居並ぶ。
 総出で出迎える中、美しい一角獣は乗船した。
 
 
 
「──────」
 間近で見て、言葉を失った。………こんな人間が…いるのか。
 ゆっくりとデッキを、歩いて来る。
 
 チェイスと同じ、プラチナブロンド……?
 いや…兄弟とは言え、こうまで違うか。
 
 俺と恵も、似ていない。でも……そんなんじゃない。質が違いすぎるんだ。
 透明に抜ける白い肌、流れる銀髪。
 額の中央から分けているそれは、細く透き通っていて……端正な美貌を、隠しはしなかった。
 細面に、スラリとした鼻梁。血の気がないような、薄い唇。そして、細い眉も長い睫毛も、全て銀細工。
 何もかもが、精巧に出来た人形のように……出来すぎている。
 
 ───どっちが…ドールだ……
 
 でも、人形なんかでは収まらないそのオーラは……。
 あの銀色の眼───眼だけは、ユニコーンなんかじゃない。
 外側に切れ上がった細い目は、きつい一重。まるで獲物を値踏みする、豹の様だ。
 碧みがかって輝いて、感情など超越してしまったように……鋭く、冷たい。
 細く吊り上がった、獣の眼────
 
 メイジャーと張るほどの長身なのに、しなやかな体躯は、厚みが半分もなかった。
 でも華奢な印象は、感じさせない。
 それは……この恐ろしいまでの威圧感のせいだと、思った。
 メイジャーが暖なら、グラディスは冷───凍り付くような冷気を、漂わせている。
 グラディスもスーツを着用していて、すべてを白で揃えていた。
 
 
 
「……よう…さすが、嗅ぎ付けるのが、早いな」
 聞いたこともない低い声で、メイジャーが迎えた。
「フ…」
 対して、目線だけ向けて妖しく笑う……美貌の一角獣。
 
 真冬の甲板の上で、黒と白の大男二人が対峙─── それは、とても異様な光景に見えた。
 
 
「グラディス……引退したお前が、積み荷の確認に来るとは」
 メイジャーが皮肉な笑いを、片頬に浮かべた。
「連絡を受けた時は、驚いた。……ブツ自体…まだ世に出回ってもいない、トップシークレットなのだからな」
 
「メイジャー…君がどこに居ても、何がどこにあっても───わたしには、すぐ判る」
 表情一つ変えず、静かに話し出したグラディスの声は、意外に男らしい響きをもっていた。
 
「は……お前の千里眼は、落ちぶれて無いということか」
 腕を組んで、黒いスーツの胸板を、深い呼吸で上下させている。
 ……メイジャーが、こんなに慎重に喋るなんて。
 いつもの余裕たっぷりの、深く響かせる声ではない。皮肉を込めた感慨深げな物言いに、薄い唇が無感情な声を発した。
「依頼主が、今回はわたしにと……」
 
「マサヨシだろ? 目的は」
 
 鋭く、一言。
 低い声がビシリと、遮った。
 
 ───え……
 その力強さと不意に出た名前に、俺が一番に反応していた。
 真っ直ぐに睨み付ける色濃い眼は、たったさっきまでとは打って変わって、なんの遠慮もなくなっていた。
 優勢のように涼やかだった白豹の双眸が、少し驚いたようにメイジャーを見つめる。
「……君の読心術も、健在だ」
 嬉しそうに、微笑む。
 
 ……うぁ……
 唸らずにはいられない。見る者の心臓を鷲掴みにしてしまう……妖艶さだ。
 
「ちょうど良かった。克晴と引き剥がしたかったから、さっさと持って行ってくれ」
 背後の俺たちの緊張感など、まるで別次元のように。
 メイジャーは、冗談のような軽口を叩いた。
 それを受けて、グラディスも軽やかに口の端だけ上げて、再度微笑んだ。
 
 
「………………」
 なに……どんな関係なんだ? ……この二人。
 
 動けば切れるような、張りつめた空気だったのに。次の瞬間は、認め合った良友のように……
 その展開していく雰囲気に、こっちの心臓が付いていかない。
 
「こんな寒いところで、立ち話もない。もてなしてやるから、入れ」
「─────」
 眼だけで頷くグラディスに、顎で入り口を指し示す。颯爽とコートを翻して、二つのシルエットが船内に消えていった。
 
 
 
 
 
 固唾を呑んで立っていた俺達は、暫く呆けたように動けなかった。
 風避けの様な背中が無くなり、全身が暴風に冷やされていく。
「────?」
 やっと自分を取り戻した頃、背後から妙な視線を感じた。
 振り向いた先には……チェイス。
 “兄を神として、崇める男。その気を惹くためならば、何だってする弟”
 その碧眼が───俺を見ている。
「─────」
 見えない触手に絡まれて、身体を縛り上げられた様な気がした。
 ………なんだ…?
 凝視してしまった俺の視線に、チェイスの頬が紅潮した。
 
「崇拝する兄上から、目をそらしてまで……克晴が気になるのですか?」
 
 シレンの高い声が、ピリッと鳴った。
 赤い髪を乱れるに任せて、微笑んでいる。
 優雅に腕を組みながら、小馬鹿にしたような視線を、チェイスに投げていた。
「相手にされないからって、乗り換えるんじゃないでしょうね」
「……何をッ」
 怒りで首まで赤くして、チェイスが吼えた。
 今にも暴行が始まりそうな、殺気だった空気……それぞれの手下同士が、睨み合った。
 
 
「克晴……ボクたちは、行きますよ」
 これ以上相手にしたくもないと、片手を振って、シレンは俺に体を向けた。
 その声で、やっと解放されたように手足が動いた。
「………どこへ…」
 腕を引かれて、つい訊いてしまった。
「メイジャーに、花を添えるのです」
 にこりと微笑むその顔は、少女のように綺麗だった。
 
 
 
 ───グラディスとの会合に、俺も…?
 ……さっきのチェイスの、視線は……
 
 
 下腹が疼くような、緊張感の中───俺とシレンだけが、さっきの会議室で二大巨頭の密会に、列席した。
 


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