chapter11. unusually soul  -異質の愛-
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 5
 
 唖然としたのも、一瞬だった。
「……あ…ぁああッ」
 容赦のない愛撫に、胸の中でのけ反ってしまった。
「ここが欲しがっているぞ」
 ヒクつく蕾を何度もこすっては、メイジャーが面白そうに笑う。
 
「…ゥクッ……欲しがってなんかッ」
 腕に力を込めて、身体を引き剥がそうとしたけれど、背中を抱きすくめる腕はびくとも動かない。
「ぁあ……ヤ……やめ…ッ…」
 ゾクゾクと湧き上がる疼きに、つい声が震えた。
「いつでも止めてやる。……オレに愛を、誓うならば」
 漆黒の双眸が妖しげに煌めいて、ぴたりと指が止まった。
「……クッ、……ハァ…」
 
 ───悔しい……まんまと、術中に嵌っていく。
 さっきと同じだ。
 どう答えたって、答えなくたって……これでは自ら、メイジャーを受け入れたことにされてしまう。逃げ道を次々と塞がれて、追い詰められていく……。
 
「本当に嫌で止めて欲しいと願うなら、“愛してる”の一言ぐらい、言えるはずだ」
「……………」
「言わないのだから、して欲しいとしか思えないな」
 やんわり指を動かしながら、片頬を上げる。
「───ッ」
 前回とは比べものにならない……酷過ぎる、取引めいた罠だ。
 メイジャーに愛を誓うか……
 そうでなきゃ、自ら犯されることを……望む……?
 
 そんな二択───どっちにしたって俺の心は、潰される……
 
 
「……………」
 歯噛みしたまま何も言えない俺に、また手が動き出した。オイルで濡らした指を、後ろにねじ込んでくる。
「……っんぁ…」
「そんなに犯されたいのなら、望み通りにしてやろう」
「…あ…メイ……ッ」
 ……犯されたいわけが、無いだろう!
 でもこの問答に勝つ術が、判らない。考える隙などないまま、逃げを打つ腰を押さえつけて、指を増やされた。
「あっ…ぁああっ……」
「良い声だ。もっと喜ばせてやる」
 M字に開脚されて、メイジャーの熱く滾った先端を、ほぐしたそこに押しつけられた。
「これが欲しかったんだな、克晴。……嬉しいだろう?」
 ……始まる圧迫感───
「……欲しくなんかないッ……ヤめろ!」
 反発心が、俺に叫ばせていた。でも今度は、メイジャーの腰は止まらなかった。
「何を言い訳しても、同じ事だ。やめてほしいなら言えばいい」
 蕾の壁を押し開いて、ズブリと先端が入ってきた。
「……ぁぁあああッ!」
 生々しい、異物が挟まった感覚。今日は薬でのごまかしが、きかなかった。
 仰け反った背中を抱き締めて、肉棒が更に奥へと進入してくる。
「ぅあ……ぁ……ぁああ…ッ」
 分厚い胸に顔を埋めて、その体毛を掻きむしりながら、挿入感に耐えた。
 
「キツイぞ、克晴……締め上げてくる」
 熱い吐息で、蹂躙者が嗤う。
「嫌と言いながら、やはり好きだったんだな」
「……クッ……」
 耳の後ろが、カッと熱くなった。怒りで目の前が、紅く染まる。
「……んなわけ、あるかよッ!」
 
 初めて、メイジャーが憎いと思った。
 ぬるま湯に浸らせておいて……結局こんな形で、“愛”という欲望を押しつける。
 悔しくて悔しくて……。
「………言える…もんか」
 拳で胸を叩きながら、首を振った。
 薬のせいで、もう力なんか入らない。視点も定まらない。突き上げてくる壮絶な圧迫感と快感に、体中が痺れて溺れそうになった。
「……ハッ……ハァッ…」
 それでもぼやけた視界の中で、必死にメイジャーを睨みつけた。
 ───これは、オッサンにぶつけた時と、同じ哀しみだ。
 燃えるように、熱い。開かされた入り口が、擦られる腹の中が……でもそれ以上に、心が痛くて───
 
 
「何故だ? ……それほど苦しんでまで…何故たった一言、“愛している”と言えない?」
 
 リズムを付けて腰を動かしながら、黒い眼が見下ろしてくる。
「………ふ…」
 湧き上がる疼きに、喘ぎそうになった。
「………言える…わけがない…」
 俺は必死に言葉に代えて、声を絞り出した。
 
「その言葉は……俺にとって────唯一残された、大切なものなんだ」
 
「……………」
 じっと聞きながら、メイジャーは抜き差しを繰り返す。
「……クッ…」
 俺はその厚い胸板を押し返すように、握り拳に力を入れた。
「こんな……こんな事をされ続けて……もう俺は……元の俺では、なくなってしまった」
 プレートの光も、目に入る。……これが俺の現実だ。
『克にい』と呼ばれた“カッコイイ兄貴”なんか、もうどこにもいない───
 
「穢れて…汚されて………言いなりだ」
 
「────」
「…ハァ……もう、会えない……こんな俺に、兄の資格なんか存在しない」
 ……例え逃げ出せたって、もう会っちゃいけないんだ。
 車で家に戻るとき、痛感してショックを受けた。でもあの時はまだ、判っていなかった。
 この船での日々が、それを確実にしてしまった。もう…合わす顔なんて……。
 
 ……俺が守るって、思っていたのに。
 ずっと一緒にいるって、約束したのにな……恵……
 
 
「だから…メグに対して、してやれることが…何も無いから───」
 泣き声みたいに、途中で掠れた。
「この想いだけは、どうしても……嘘でも──言うことは、出来ない」
 
 
 涙なんか出やしない。でも、弱くなってしまった俺。
 逃げることを諦めて、逆らうことも諦めて……薬に頼って、プライドを手放した。
 ……でもやっぱり、負けるわけにはいかないんだ。
 心が叫ぶ……それだけは、穢すなと───
 
 
 
「心だけは……その愛に、操を立てると言うか」
 
 
 一際低い、胃の底を震わせるような声。体内深くに串刺されたまま、律動が止まった。
「……………」
 荒くなってしまう熱い息を止めて、俺は……眼で頷いた。
 ……底知れない、キング・メイジャー。こんなにも楯突いて、無事でいられるのか。
 計算なんかできやしなかった……今度こそ、答えは一つだったから。
 
 見つめ合っていた黒い眼が、再び妖しげに煌めいた。
「……オマエの心意気は、汲んでやろう」 
 余裕の笑みを、口髭の影に覗かせる。
「しかし、身体はどうかな」
 
「…………!」
 ぐいっと、更に腰を入れてきた。
「……ぅあぁ…」
 鈍い衝撃が、腹の奥に生まれる。
「散々オレを受け入れてきたこの身体は、やはりオレを好きなようだ」
 吐息を耳に吹き掛けながら、胸の尖りを摘まれた。
「……んっ!」
 ビリっと弾くような刺激に、堪らなくて腰を捩った。
「…フ……体は正直だ。オレに吸い付いてくるぞ」
「…あ…ぁあッ……クッ…」
 早くなるピストンに、抗って首を振った。
 ズチャズチャと淫らな水音が、大きくなっていく。……まるで身体が、勝手に高まりを表していくように。
 ……ん…んっ──ァアッ……
 内臓を持って行かれるような出し挿れに、気が遠くなりそうだ。
「オマエが望んだセックスだ。抵抗するフリなど、もうやめろ」
「あッ……ハァッ……フリなんかじゃ………」
 決めつけられるのが悔しくて、睨み上げた。
「こんな反応……薬のせいだ…!」
 倍増された感覚…鈍らされる思考……苦しみから逃げるために、それを選んだ。でもこれだって、本当はイヤだ。何もかも、望んでなんかいない。
 
 
「…フ……薬だと?」
 
 
 メイジャーが、不気味な笑い声を立てた。
 
 
「……………?」
 
 
「克晴…オマエに打っていたのが、本当に薬だと思っているのか?」
 
「───え…?」
 俺はどれだけ、マヌケな声を出していただろう。
「初めは確かに強い薬を打ってやった。だが、オマエが自発的に欲しがりだしてからは、ただの栄養剤だ」
 ───は……栄養剤……?
「…………なに…」
「あんな薬に依存されていては、オレがつまらん」
 
 悪そうに口の端を上げて……得体の知れない、ブラック・キングが嗤う。
 
 精神が、ガクンと重くなった。漂っていた空間に、いきなり重力が発生したようだった。
「…うそ…だ」
 ───この浮遊感…幻覚……身体の高まりは、どう考えても……
 反発し終わる前に、メイジャーの腰が再び動き出した。
「…んぁ…ッ」
 思考が乱される。
「……クスリに溺れていれば、オレに反応しても良いと、思っていた……だろう?」
 俺の心を読むような、口ぶりだ。“違うと”否定する前に、声を被せられた。
「オレがそう、仕向けたんだからな。そしてオマエはいつも嬌声を上げて、よがっていた」
「……やめろ」
 不安と疑惑……。まさかと思いつつ、右腕に視線を走らせてしまった。そんな動作も、メイジャーは見逃さない。
「針を刺す痛みと、その腕の痣……既成事実で騙すことなど、造作もない」
「……………」
「薬ではなく……オマエは本当に、オレを受け入れていたのだ」
「うそだ…違う………あっ…ぁああッ!」
 激しく突かれて、言葉も奪われた。
 
 
「克晴……そろそろ認めろ」
 
「……んっ…ぁ…、ヤ……嫌だ……」
 反り返ってしまっている前のモノを、握られた。
 
「……感じるだろう、体の奥底から湧き上がる熱を」
 ピストンを続けながら、溢れ出ているヌメリを、先端に塗り広げた。
「……ぅあ…ぁ……」
「フフ…洪水だな。どう格好つけても、体が一番正直だと言ったはずだ」
「─────」
 羞恥と悔しさで、頬が熱くなった。
 ……どうしていいか判らない。俺は両腕を持ち上げて、赤面した顔を隠していた。
「……もう…やめろ」
 これ以上、翻弄されたくなかった。
 
 
「逃げるな」
 強引に腕を引き剥がされ、顔の両側で押さえつけられた。
「…………………」
 
 
 
「オマエは、オレを愛し始めている。この体の反応こそ、……その証だ」
 
 
 
 シーツに固定されて……メイジャーに貫かれたまま……
 なのに俺の体だけが、ベッドマットを突き抜けて────真っ逆さまに、海の底まで墜ちていく気がした。
 


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