chapter11. unusually soul  -異質の愛-
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 1
 
 いつもの薬を打たれて、枕に頭を埋めた。
「…………」
 
 
 天井が回り出す。
 サイドテーブルの、ナイトランプしか点けていないのに……それでさえ眩しい。
 ぼんやりとした黄色い光は、メイジャーの筋肉を妖しく照らして、横の壁に大きな影を作り出していた。
 
「……克晴」
 髭だらけの顔が近付いてきた。深いダークブラウンの双眸が、覗き込んでくる。
 すでに裸にされている身体は、素肌でメイジャーを感じた。
 慣れてしまった剛毛……手足に触れて、体温を分かつ。
 室内の冷え切った空気から、俺を庇うように…そっと掛布を肩まで引き上げる。
 咽せるような胸毛の中に、顔を押しつけられた。
 お互いを密着させて、息が出来ないくらい抱き締められて。
「………………」
 でも───俺はもう、苦しくない。
 “メイジャー”という宇宙に漂い始めて……心音と体温の海に、上下もないまま溺れていく……。
 早く終われば、そのまま眠れるんだ。
 腕一本動かすのも面倒で、されるようにしていた。
 
「克晴……お前の生命反応は、まるで止まっているようだな。シレンの方が激しい力を感じるぞ」
「……………」
 耳のすぐ横で、低い声が響いた。
 ───生命…?
 ぼやけた頭が、反応した。
 ───死んでいるも…同じだ……生きる希望が、見えないんだから。
「……なのに、なぜそこまで片意地を張る?」
「─────」
 
 俺は今も薬を欲しがり、あの時“Yes”とは言わなかった。
『オレを愛してると言え』
 ……あれは…駆け引きだった……そしたら、楽になれるって…?
 意地なんかじゃない。
 ………そんなの……答えるのも、面倒で。
 無言で首だけ振った。
「不思議なやつだ……お前がわからない。まだガキみたいな、若さで」
 溜息と共に、頭を撫でられた。
 
 ……ガキみたいな…
 
 霞んだ意識に、再び引っ掛かったキーワード。
 俺は自分が、恵の倍も大人だと思っていた。
「………大人になれたと、思っていた」
「…………」
「もう子供じゃない。…自分の意志と力で、何にでも勝てると……」
 呂律の回らない舌で、喋り出していた。
 メイジャーは驚きもせず、そのままゆっくりと俺の頭を撫で続ける。
「……でも、何も判っていなかった……変わっていなかった」
 19年生きてきて、何を学んだんだろう。
 あの悪魔から逃げることしか、していなかった。
 捕まったら、巻き込まれて……自分の力で何一つ、自由なんか手に入らない。
 
「──俺は…自分を、救えなかった」
 
 
『克にぃ、どっかに行っちゃやだよ! いなくなっちゃ、嫌だぁ!』
 恵が何度も、泣いたことがあった。……ヒトの死を、理解した時だ。
『メグは今、練習しているんだよ』
 その度、両腕に抱き締めて。背中をさすって宥めた。
『…繰り返し繰り返し……そうやって想像しては覚悟して、慣れていくんだ』
『急に別れが来たとき、ショックで心が潰れないようにね』
 ─── そう教えたけど…。
 俺は…こんなに早い恵との別れなんて、想像もしていなかった。
 自分もメグも、そのまま大人になれると思っていた。
 これ以上、穢されることのないまま……行きたかったんだ……
 ……練習なんて、誰がするかよ……
 
「…だから……壊れた…」
 
 
 俺の微かな呟きに、大きな掌が顔を包んできた。
 上を向けさせて、熱い舌を絡ませる濃厚なキス。
「……ん…」
 シレンじゃないけど…俺が女だったら。メグという存在が無かったら……
 そんなことを思わせる包容力が、この腕には…ある。
 強く抱き締められて、漂っていた身体が、何かに繋ぎ止められたような気がした。
 
 唇を離すと、正面から見つめられた。
「人間なんてのは…後悔を積み重ねながら、強くなっていく。そうだろ? 流されながらも時間を重ねて……それが人生を、作っていく」
「…………」
「19年なんて、オレからしてみれば、若造も良いところだ」
 
 ……それは…そうだろう……
 利かない視界に映っている、堂々たるこの世界のキング。
 父さんよりは若いけど…オッサンよりも、ずっと大人で……
 
 ダークブラウンの目が、細まった。
「年月が人間の深みと重みを作ると、オレは思っている。何があったんだ? ……お前は、時間だけが足りていない」
 
 
 ───何が…? そんなこと………
 考えるのも億劫で、ぼんやり見つめ返した。
 メイジャーの頬がひくりと動いた。腰に当たるモノが、熱を持ち出す。
「ん…」
「力を抜け…辛いぞ」
「……あ……はぁ…」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『んんッ……メイジャー』
 あの時、オッサンの前でキスをされて。
 引き寄せられた腰に、刺激を受けた。
 思わず出してしまった自分の声に、嫌悪した。
 ……わざとだ。
 顔を離した時、俺を見下ろす目が笑っていた。
 
 ───メイジャーが策士なのは、普段の会話からも…嫌って程わかる。
 
 器の違いを誰にでも、見せつける。
 汚れたオッサンを洗って、服を新しくして……
 目の前で殴り殺されるのなんか、見たくはなかった。
 ……でも。
 俺だって、アイツなんか…どうなったっていいって……
『……雅義は…? 生きているのか?』
 ───なんでそんなこと、あの場で訊いてしまったのか。
 自分でも持て余す…俺のそんな心の隙に、メイジャーは入ってくる。
 “マサヨシも守ってやる”それを、目の前で実践して見せた。
 チェイスに腕を掴まれたときは、恐怖で全身が怖気立った。それも赤子の手を捻るみたいに、追い払って……。
 ───俺は……
 守られて、キングの腕に抱かれているのが……不安になっていく。
 無力な自分を、益々嫌いになる。
 
 
 
 
 
 
 
「克晴?」 
 オッサンが居る倉庫を出てから、メイジャーと二人だけで会議室に入っていた。
 会議はいつも円陣を組んで、立ったまま行っている。でも部屋の隅には、簡易な木製の机と椅子もあった。
 そこに並んで座らされ、スーツの腕に肩を抱き寄せられた。
「────」
 見上げた俺の頬を撫でて…軽いキス。
「そんなに、切ないカオをするな。動揺させたつもりは、ないぞ」
「……………」
 
 見下ろしてくる瞳の中に、妖しげな灯がちらりと揺れた。
「本当に…なぜお前は、そんなにも性欲をそそる?」
 頬に当たる吐息が熱くて、ぎくりとした。
 …俺が? ……勝手に欲情してるくせに……!
「……あ」
 手を引かれて、メイジャーの股間に当てられた。そこは、はち切れんばかりに膨れあがっていた。
 真っ昼間から、こんな所で……。寝室ならまだしも、ここは人の出入りがある。
「………いやだ」
 なんで、こんな部屋に来たんだ。手を離そうと藻掻いて、メイジャーを睨み付けた。
「安心しろ。これは不本意だ…だから、なぜと訊いた」
 笑いながら、俺の手を解放した。
「残念だが、今はお前をじっくりと抱いていられない事情がある」
 立ち上がると、ドアに鍵を掛けて戻ってきた。
「無理やり犯ろうと思えば、できるがな。……お前のせいで、こうなっているんだ」
 ズボンの前を解放すると、反り返って脈打っている怒張を露わにした。
 座っている俺の顔の前に、持ってくる。
「このままじゃ、辛いんだが……どうにか、してくれないか」
 
「─────」
 思わず見上げたメイジャーの目に、心臓がドキリと音を立てた。
 ……真剣な眼差し。いつも余裕ばかりの顔なのに……こんな……
 
 吊り上げた眉の間には、深いシワが寄っていて。
 見開いたブラウンの瞳が……微かに潤んで、揺れている。
 厚い唇をムッと結んで見下ろしてくるそれは、一瞬、困っているような、泣き顔の様にも見えた。
 
 まさかと思った。このメイジャーが……
 見下ろしてくる眼…欲望を制御している……そんな気迫が、熱気のように昇り立っている。
「…………」 
 無言で近づけてくるそれが、唇に当たった。
 ───いやだ…!
 拒否反応で、顔を背けた。
 同時に伸びてきた手が、また俺を押さえ込むのかと恐怖した。
 
 
「──────!」
 
 そっと、……頭を撫でる。
 
 
 何も言わず、強制もせず……ただ、ゆっくりと撫で下ろす。
 手櫛で髪を梳くように……伸びた髪を掻き上げては、後頭部を撫でていく。
 
 ───メイジャー……
 
 あの時一回、口に突っ込まれたっきり。
 この世界の王だと豪語するキングが、これを強要しなかった。
 “大切に扱う”…その言葉を、今更ながら理解した気がした。
「……………」
 恵には、したくて堪らなくて…自分の衝動から、何度もあの小さなものを口に含んだ。どうすれば気持ちいいか、メグの反応を見ながら高みに導いた。
 でも………オッサンの時も思った。グロテスクな物体…メグのとは、似ても似つかない。
 背けた顔を、正面に戻して。赤黒く光っている先端を見つめた。
 ……嫌だ。
 そう思いながら……
 目を閉じて、息を止めて─────舌先をそこに当てた。
 
 
「………ふ…」
 メイジャーの吐息と、俺の呻き……。
 声にならない声が、寒い船内に白いモヤとなって、吐き出された。
 ───熱い……
 いつもは下から感じる、淫猥な熱……口の中に、別の生き物のような生々しい感触で入ってくる。
 どうしていいか判らず、ただ舌の上に乗せて唇で扱いた。
「──────」
 メイジャーはその間中、ずっと俺の頭を撫で続けていた。
 
 
「イク……イクぞ…」
 ゴプ…
 メイジャーの合図と共に、口の中に熱い液体が溢れた。
「んっ…ゲ……」
 喉まで突いていたせいで、それは気管にまで入り込んでしまった。
 激しく咽せて、床に白濁を吐き出した。
「ゲッ…ゲホッ……!」
 ───苦しい……息が…!
 咽せる臭いと吐き気で、呼吸が出来ない。机の端にしがみついて、咳を続けた。
「克晴……」
「────え」
 まだ咳もおさまってない。肩で息をしているところを、顎を掬い上げられた。
 舌を吸い取るような、濃密なディープキス───俺の口は、中も周りもメイジャーので汚れているのに……
 
「ん、んッ……めい…」
 あまりに熱のこもった激しいキスに、目眩を起こした。
「克晴……お前が愛しい」
 苦しがった俺を抱き締めて、恥ずかし気もなくそんなことを言ってきた。
 ………なにを…
「…シレンが……」
 思わず、口をついた名前。“愛”なんて……シレンがいるのに軽く言うな! って、反発心からだった。
 
「嫉妬か?」
 面白そうに、目を細める。
「──違う……」
 ……誰が! 口を手の甲で拭いながら、睨み付けてやった。
 そんなんじゃなく、本当に思ったんだ。シレンはメイジャーを愛している。
『後からついてくる気持ちって……あるんだよ』
 そんな風に扱った、メイジャーだって……
 
「二人を愛した。それだけのことだ」
 
 俺の気持ちを先取りするように、軽く言ってのけた。
「─────」
 そんな愛、あるか!
 都合の良いことを言って、俺を丸め込んで……。
 でなきゃ、シレンへの気持ちがその程度ってことだ。愛人を何人も抱えるような、薄っぺらな愛!
 ─── キングを気取ってるくせに……メイジャーのくせに……
 幻滅さえ感じて、もう一度その目に敵意をぶつけた。
 
 
 でも……見返してきた双眸は、俺の拘りなど、相手にはしていなかった。
 見つめ合う瞳の中に、俺を捕らえて……映っている自分の姿を見ている。
「克晴」
「……………」
 真剣な目の色に、身動きが出来ない。
「受け入れるのも、強さだ。お前は賢く、そして強い」
 
 ………………
 
「オレが惚れるに、値する」
「……………」
 その不敵な笑みは。
 さっきのフェラを迫ったときの空気など、無かったように。完全王者のメイジャーに、戻っていた。自信に満ちた輝きさえ、放っている。
 何と言って返そうか……言葉に詰まった時、ドアの外が騒がしくなった。
 ノブを回して、ドアを叩く。
 
「メイジャー! 到着です……グラディスが来ました!」
 
 
 ───え?
 
 
 俺の驚きを余所に、メイジャーはニヤリと笑った。
 誰をも射抜く、鋭い眼光で───
 
「お客人の、お出ましだ。甲板に出迎えるぞ」
 


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