chapter11. unusually soul  -異質の愛-
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 途中の通路で、シレンが二人の関係を説明してくれた。
 
 途中の通路で、シレンが二人の関係を説明してくれた。
 
 ─── それは……
 かつての密輸の見張り番と、現役の麻薬輸送団───
 
 何事でも見通してしまうグラディスは、新しい積み荷や不正を誰よりも早く嗅ぎ付けて、その懐に取り込んでいたらしい。
「不正を正すのではありません……それを盾に、自分の物にしてしまうだけです」
「……………」
 メイジャーの輸送船は、直接密輸売買をしているわけはなく、その仲介所だった。
 自分のテリトリーを乱さない限り、掃除屋としてのグラディスを認めていたということらしかった。
 
「絶対にお互いを裏切らない。暗黙の協定が…あるようです」
 
 
 
 遅れて入った会議室では、メイジャーが酒盛りを始めていた。
 白と黒……二つの対比は、部屋に足を踏み入れただけで判る。
 ───冷徹なグラディスと、人情味のあるメイジャー………
 同じ机に向かい合って座りながら、温度がまるで違っていた。
 
 俺が汚してしまった床は、すでに綺麗にされている。
「………………」
 思い出して、気分が悪くなった。鼻の奥で、あの咽せる臭いが蘇ってくるようだ。
 
 メイジャーの左右に寄り添った俺たちに、グラディスが目線だけ向けてきた。
「綺麗どころを二人……良い身分だ」
 凛と張る、静かなのに鋭い声。
「お前が加われば、無敵だ」
 メイジャーが悪そうに口の端を上げて、杯を煽った。
「フ……Black Leo……黒ライオンに抱かれる趣味は、無いな」
 つと席を離れると、グラディスは長髪をなびかせて、俺の前に立った。
「──────!」
 いきなりのことで、俺は息を止めて見上げた。
 メイジャーと同じ高さにある、冷たい双眸。頭一つ上にあるそれが、見下ろしてくる。
 感情など、初めから無いような……銀の眼。
 
 
「…… Wonderful doll ……」
 
 
 白い唇が……吐息のように、それだけ漏らした。
 
「────ッ!」
 俺の脳裏に、始めてチェイスにそれを言われた情景が、蘇った。
 見知らぬ小さな部屋で───飲まされていた睡眠薬、注入された媚薬…朦朧とした俺に跨って、歯茎を剥き出しながら……嗤ったんだ。
 “ドール”
 それを繰り返しながら、無理やり犯された。
 
 ──── くそッ…!
 
 体中が熱くなった。
 悔しさと、悲しみと、屈辱と…いろんなモノが、頭の中を駆けめぐる。
 恵……監禁…強姦…奪われたプライド───今日の、あんなフェラまで……
 俺の苦痛は、すべてがコイツのせいなんだ!
 
「何で……」
 臆するどころじゃない。
 怒りと憎しみで抑えきれない声が、噛み締めた奥歯の端から零れていた。
 
「アンタは何で…ッ、弟を…チェイスを抑えるコトぐらい、できないのかよッ!?」
 
 俺のいきなりの叫びに、メイジャーが振り向いた。目を見開いて、俺を見ている。
「……かつはる…ッ」
 シレンが、袖を掴んできた。真っ青な顔になって、首を横に振っている。
「……………」
 “それ以上は、ダメだ”───灰色の眼がそう言っているのは判った。
 
 ───でも……
 オッサンから、グラディスの話を聞く度に、疑問が胸に湧いていた。
 心酔する弟ひとり、御せないはず……ないだろう………!
 この堂々たる姿を直接目にして、ますますその思いは確信に変わっていた。
 ………なんで………悔しい思いが、胸を渦巻く。
 
「………くそッ…」
 シレンの止めようとする手を振り解いて、グラディスを睨み上げた。
 兄のくせに、弟の蛮行を止めようとしないなんて……。
 己の自負も重ね合わせて、余計腹が立った。俺なら恵に、そんなことは絶対にさせない!
 手綱を引かれない野獣は、暴走を繰り返して……俺は…その餌食だ。
 ─── そして今、コイツが口にした言葉……それこそが、この因果の始まりじゃないか!?
 強烈に沸き上がってきた俺の怒りは、体中を震えさせた。
「アンタが、弟を野放しにしていたから、こんな……!」
 振り払った腕には、プレートが光る。
「こんなもの……こんな場所で、いつまでも嵌めてなきゃいけないんだ!!」
 
「……魅惑的な、ボーイ……」
 
 悔しくて握り込んだ拳ごと、グラディスが掬い上げた。
 白く長い指がプレートに巻き付いて、目の高さまで持ち上げていく。その金属の輝き越しに、俺を眺めてきた。
「……フ……よく似合っている。マサが固執したのは、やはり…避けられぬことだった」
 妖しげに、唇の端を上げた。
 絡みついてくる視線に、ゾッとする。
「……………」
「マサがお前を飼い出した時は、ペットは飼い主に似ると……嬉しくなった」
 一瞬怯んだ俺を、更に見下ろしてくる。
 
 ……飼う……ペット!? ……なんだ、その言い方!
 
 再び、怒りが膨らんでいく。
「俺のことなんか……アンタの責任を、言ってるんだよ!」
 オッサンが俺を閉じこめたって─── チェイスが暴力を仕掛けて、来なかったら。
 俺の世界は、まだ……あのマンション止まりで、済んでいたんだ。
 悔しくて、腕を振り解こうとした。
「──────!」
 なんの素振りも変わらないのに、その掴んでくる腕の力は、恐ろしいほど強靱だった。
 
 ………そして
 
 
 
「なるようになったまで」
 
 
 
「………え?」
 
「マサヨシがわたしの元へ来るのは、至極当然…」
「───────」
 
「偶然チェイスに情報が漏れ、想定通りの動きをした。それだけだ」
 
 
 ───情報が……漏れ…
 ……さらりと続けた冷たい声に、耳を疑った。
 
 「……想定通り……って…」
 
 ───は? …それって……
 
 
 
「偶然じゃねえ、お前だろうが」
 
 見上げたまま言葉を失くした俺の前に、黒い影が立ち塞がった。
「なんのラッキーか因果か……おかげで今、克晴はオレのモノだ」
  
 俺の腕をグラディスから引き剥がすと、それ以上は触るなとばかりに、腕の中に抱き込んだ。そのまま睨み付けて、対峙する。
 
 ───黒い
 
 見上げたメイジャーの瞳は、ベッドの中のダークブラウンなどではなかった───真っ黒の瞳。
「この貢ぎ物に関してだけは、チェイスを褒めてやる。しかし…ヤツは、頭が悪すぎる。ついでに持って帰れ」
 
「邪魔なら、殺せばいい」
 
 するりと出てきた、言葉。
 言った後も、表情ひとつ変えることは無かった。
 
「殺せるか。お前の弟だ…それだけのことで、持て余している」
 俺を離して席に着き直すと、二つのグラスに赤い液体を注ぎ足した。
「相変わらず、甘いな……君は」
 グラディスもゆったりと座り直して、眼を細める。その銀獣に、メイジャーは皮肉を込めて笑い返した。
「そう言うな。……愛を知っているからだ」
 クリスタルの音を響かせて、ぐいっとワインを煽る。
「……わたしが知らないとでも、言いたいのか」
 冷笑を浮かべて、白い唇も液体を舐めた。
「そう言ったんだ。お前が愛を知らないから……チェイスの愛は、求めるだけになってしまった」
「……………」
「ついでに言うと、マサヨシの愛し方は……」
 深い息で一旦止めて、含みのある声でメイジャーは続けた。
「確かにお前と同じだが……アイツの方が、マシだ」
「──────」
 揶揄する言葉に、グラディスは少し目を見開いただけだった。
 相手にもしない風情で、グラスを飲み干していた。
 
 
「………………」
 優雅な語らいの中で、探り合いと嫌味の応酬。
 ……この妖しげで一触即発のような空気を、二人は楽しんでいる……。
 シレンも俺も……呼吸が止まっていることさえ、気がつかないくらいだ。
 身動きできないまま、二世界の王者の饗宴を、見つめていた。
 
 
 
「それにしても、グラディス……早い乗船だったな。取引は来週だ」
「─────」
「まだこの船に積み荷は、乗っていない。それを承知の上で……だから驚いたんだがな」
「………それが、なんだ」
「読心術も無いだろうと、言っている。さも仕事で“ブツの確認”とだけ、言いながら……」
 
 ニヤリと目を光らせたメイジャーに、グラディスは顔を寄せるように、机に肘をついた。
 
「……メイジャー…お前ならアレを掴むと、思っていた」
 
 何にも無関心だった銀の目が、輝き出していた。
「仕事の話以外は、スルーか。……まあいい」
 メイジャーも口の端を歪めながら、漆黒の瞳を更に深くして、眉を吊り上げていく。
 ………時々会話に上っていた、“新薬”………
 それを切り出した途端に、空気が変わったのが判った。
 
 
「そう……オレでなくて、誰が扱える?」
 不敵に笑う、黒いキング。
 響く低音が、舌の上で転がすようにその名を呼んだ。
 
 
「幻の新薬……“ Falling Angel ”を」
 


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