chapter13. Falling Angel -フォーリン・エンジェル-
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 5
 
 すぐに込み上げてくる、先走る絶頂感。
 欲しかった、振動だ……体中に響き渡る。高みを目指して、全神経が疼く。
 ……はぁ、……強く、……もっと激しく……!
 
「もっと……早く……もっと、もっとッ……」
 こらえても、出てしまう言葉。
 何度も口から零れ漏れてしまう。そうでないと壊れてしまうと、神経が悲鳴を上げるように。
 
「可愛いな…カツハル。…そうだ、オレを求めろ」
「アッ、アッ、……アアァッ…!」
 
 どれだけの時間、激しく突き続けられただろう。バックからも責められた。イってもイっても、体は疼き続ける。絶頂を求め続ける。結合部から溢れるチェイスの白濁が、卑猥な音を立てた。
 寸止めを繰り返しては、言葉を強要された。俺はその度、みっともなく喘いだ。
 言えば終わる。もっと凄い快感を与えてくれるという。薬に支配された頭は“早く言え”と、俺に命令する。
 “愛してる”……たったその一言を。
 早く、早く……肉が裂ける。骨が軋む。ドロドロとしたマグマが、噴き出したくて…腹の中で破裂してしまう!
 ───イキタイ──イキタイ───
 欲望の声が、叫ぶ。
 
 
 ───ダメだ……
 
 快感と苦痛の中で、走馬燈のように駆け巡る記憶…。
 同じような脅迫の体験。この身体に、イヤと言うほど刻み付けられた。
 オッサンも、メイジャーも、欲しがる…欲しがる…俺の心。
 
 
 
 
 
 
 俺のこころ─────
 
 
 ………恵……
 
 
 
 
 
 
 身体の火照りとは別に、胸が熱くなった。
 
 
「ハァッ…ハァッ……どうだ…、カツハル」
「あッ、あッ、…んあぁ……」
 ニヤついた顔が、今か今かと覗き込む。碧眼が、妖しい光彩を放っている。
 この寸止めは、長い……
 高められて止められて、何度情けない声を出しているんだ…俺は。
 
 ───イヤだ…
 
 思い出した。
 慣らされていった快楽の……内側に消えた、俺のプライド。
 ………嫌だ。感じるのも、声を出すのも。それらはみんな、メグのものなんだ。
 ……なんでそんな、大事なこと………
 
「クッ…」
 俺は心の熱に力を借りて、グッと奥歯を噛み締めた。気が付いたチェイスが、さっと顔色を変えた。
「まだ…逆らうのか……コイツッ」
「ア…ぅああ…ッ」
 激しいグラインドで、腸壁の奥を突いてきた。俺の両膝に手を掛け、外側へ体重を掛けて押し開く。
「ひ……んんん──ッ!」
 力の入らない手で、必死に口を押さえて、声を殺した。もの凄い質量の異物が、音を立てて内臓に突き刺さる。
「ああッ、ぅああぁッ……!」
「オラ、言えよ、 気持ちいいだろッ、オレ様に感じてんだろ?」
「んッ…んッ…」 
 首を振って、抵抗した。
 目が回る。ゾクゾクと這い上がる快感に、飲み込まれる。
 
「オラ、オラッ…言え、言えッ、好きだと言え!」
 怒りのままに激しく、ガツンガツンと穿ち続ける。
「…ハッ…ハッ…!」
 チェイスの荒い息も、どんどん熱くなっていく。
「…んん、…んぁあッ……ああッ…!」
 寸止めで放置された、俺の怒張……熱く濡れて、ジンジンと痺れる。
 ちょっとでも触れて、刺激を与えたら─── イケるのに……イケるのに…
 絶頂欲しさに、体が身悶える。
 
 やめろ───本当は、イきたくなんか無いんだ…! 理性が叫ぶ。
 
 途端に、グイッと突き上げられて…
「あッ…あッ…!」
 ───イキタイ───イキタイ───渦巻く欲求に、意識が呑まれそうになる。
「…はぁっ…はぁっ……」
 交互に交互に、葛藤が襲ってくる。
「─── くッ…」
 “欲しい”と、ねだりそうになる衝動に、下唇を噛んだ。
 もう、一言だって……何も言いたくない。一旦崩れたら、とことん堕ちて行きそうで……最後には何を口走るか、判らない。
 ───“愛してる”…それはメグへの言葉。それだけが、心に張りつめた一本の糸だった。
 ……俺と恵を繋ぐ───コレを切っちゃ、いけないんだ。
 
「はぁッ、はぁッ、はぁッ…」
 出入りする異物の硬度が、増していくのを感じていた。
 力が少し戻ってきた腕で、チェイスの胸を押し返していた。
 終われ…終われ…! そう祈りながら。
 
「クッ…ウォオ…オオオッ…!」
 急にチェイスが俺を腕ごと抱き締め、体を振るわせた。
 最後の打ち付けと同時に、猛獣のような雄叫びを上げた。腹の中に、滾りが注がれる。熱い脈動が何度も伝わる。その衝撃は、俺にも決定的な刺激となった。
「アッ、ぁああああッ──!」
 ビクンと腰を振るわせてから、叫び声を上げていた。
 触れていないソコから、何度目かも判らない白濁が、腹の上に飛び散っていく。
 
 
 
 
 ───真っ白だ───
 
 世界は真っ白。……何もない。
 薬の名残が見せる幻覚……俺は…飛んだと思った。
 俺の守りきった、世界の中に───
 
 
 
 
 
「……はぁっ……はぁっ……」
 視界はすぐに戻ってきた。けれど、痙攣と快感が止まらない。
 ガクガクと震え続ける俺に、ずるりと抜き出たチェイスが顔を近づけてきた。
「ハッ、ハッ、……クソ…テメェ……」
 掴まれた肩にすら、震えが来る。それが刺激となって、下腹部が疼く。
「アッ……ぅあああ…」 
 イったばかりなのに……まだ反応するのか……!
 堪らなくて、呻いていた。
 
 “フォーリン・エンジェル” これは、強烈すぎる……。
 オッサンの薬とも、メイジャーの薬とも違う。脳細胞ごと造り変えられてしまう。ただただ欲しがる、欲望の人形に。欲しい欲しい欲しい…それだけに、思考が支配される……
「カツハル、何で言わねぇんだよ!?」
 がくがくと揺さぶられる。
「あ、あ……」
 
 いつか壊れてしまうだろう…こんなことが繰り返され続けたら。
 ………だったら。
 俺が俺で、無くなるのなら、やっぱり…。
「……はぁっ………」
 頭がのぼせているようだ。イッた直後で、呼吸も荒くて……舌だってろくに回らない……けど。
 
 
「…お……お前なんかに、誰が…言うかよ……」
 
 
 声を絞り出した。
 精一杯、睨み付けて。
 
 
「そうさ……俺は…誰にも誓わない、……懐かない」
 
 
 ───でも、メイジャーには…懐いてたみたいだ……
 勝手に、口が笑っていた。……哀しくて。
 
 
「だけど……チェイス……ハァ、……特に…お前だけは…イヤだ」
 
「─────ッ」
 
 碧眼を見開いたまま、目の前の猛獣が、泣きそうに眉を寄せた。
 唇は怒りで、震え始める。みるみる激高して、首まで赤くなっていく。
 その顔に、俺も怒りを叩き付けた。今度こそ、終わりにするために。
 
 
「お前だけは…死んだって、ゴメンだ……願い下げだ!」
 
 
 ───セックスも愛も、キングの器も………メイジャーとは比べものにならない。
「子供みたいに…欲しがるばっかりだ……んッ」
 掴んでくる腕に力が入った。ずきんと肩が疼く。
「ハァ……だから…手下にも、見捨てられるんだ……」
 
 
 これが俺の抵抗、俺の愛の守り方だ。
 ………ホントは、刺し違えてやるつもりだった。メグを守るためなら。
 
 
「だからみんな…お前から、離れていくんだ───はは…こんな事しかできないお前がキングなもんか!」
 
 
 
「俺だけじゃない…誰からも、愛されなんかしないッ!」
 
 
 
 眼で煽って、言葉で煽って、怒りを焚きつけて───
 怒れ! 怒れ! そして、締めろ、俺の首を───殴れ、息が止まるまで!
 
 
 
「この…ヤロウッ!!」
 舌打ちと同時に、頬が鳴った。
 ───痛ッ……!
「……クソッ、……チクショウッ!」
 馬乗りになってきて、更に1発、2発と殴られて、目眩を起こした。
 
 
 
「……カツハルッ」
 
「────!?」
 もっと殴るかと思った腕が、首に肩に、絡みついてきた。
 ───なに……
 落ちかけた意識が、ぐるりと空中回転したように、掬われた。息も整わないうちに、口を唇で塞いでくる。
「んんっ……」
 目眩と快感と疼き……動けない。
「ハッ……明日はもっと濃いヤクを、打ってやる!」
 勢いよく唇を剥がすと、べろりと赤い舌を見せた。
 
 ─────!!
 
 淫猥な眼光で、俺を食い入るように見つめる。
「よく効くだろ……コイツはなぁ…3回使ったら廃人になるんだってよ。それくらいヤベェんだ」
 俺の左腕の、注射針の痕を撫でさする。
「……………」
「シレンには、打ちまくってやったゼ。薄めたやつを何度も何度も! 言いなりにさせれりゃ、アイツなんか後はどうなったって、いいからな!」
「────ッ!」
 俺の怒りの視線に、またニヤリと口の端を捲り上げた。
「ヒャハハ! …でもよぅ…オマエは大切だ…」
 うっとりとした目で、顔を撫でてきた。
「だから、もっと手加減してやってたのに…壊しはしない───オレのなんだ」
「んんッ」
 最後は激しいディープキス───
 
『明日は、言わせるぜ』
 ヤツはそう捨て台詞を吐いて、手足を縛り上げた俺を、隣の部屋に放り込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 ───終われなかった……
 
 俺は…勝ったと思った。
 もうこんなの終わりにするんだ。俺の世界が保たれているうちに……
 誰にも、踏みにじりはさせない───そう、願っただけなのに。
 
 転がされたベッドの上で、呆然となった。服を着せられた時、猿ぐつわも噛まされた。
 ……これでは、明日を待つだけだ……
 
 
 なんで。
 オッサンも、メイジャーも……そうだった。
 殺せと睨んだ視線は……怒りではなく、欲情を駆り立ててしまう。
 ───俺の…せいかよ…どうしたらいいんだよ……
 
 
 
 何も考えたくない。
 ただぼうっとして、痛んだ体を横たえて、薬が抜けるのを感じていた。
 瞳孔が開いた様な眩しさは、徐々に治ってきている。でも、聴覚はまだおかしかった。
 この部屋に一人、放り込まれて……打って変わった静けさの中で、色んな音を耳が拾い始めた。
 ……驚いた。始めは、この小部屋に誰か居るのかと思った。
 船体の動力の呻り、通路のずっと向こうでの話し声、波の打ち付ける振動、軽いモーター音。
 そして、空気の流れる擦れるような音……蛍光管の放電……何か判らない、微かなざわめき…重低音。普段知ることのない音が、脳みそに直接届いて来るようだ。
 
 
 無心にその音たちを聴いていたら、足音が一つ近付いてくるのが判った。
 それは、俺の部屋の前で止まった。
 
 
 ………誰だ。
 
 
 緊張して身構えていると、入ってきたのは、輝くロングストレート……
 
 
 サラリとそれをなびかせて、静かに後ろ手にドアを閉めた。
 
「……………」
 無表情の銀眼が、俺を捉えて……
 
 
 グラディスが、近寄ってきた。
 


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