chapter13. Falling Angel -フォーリン・エンジェル-
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 7
 
 翌日、どれくらい寝ていたのだろう。隣が騒がしくて、目が覚めた。
「………」
 囃し立てるような声、怒鳴るチェイス……その中に、あの甲高いソプラノ。
 
 ───シレン…!
 
 いきなり耳に入ってきた地獄の狂宴に、疲れの取れない体が一瞬にして、緊張した。
 
『オラ、もっと動けよッ!』
『……アー…アァ-…』
『中、締めろって言ってんだッ!』
『…アー…ヒ ア゛ー…』
 
 …なんだ……? 昨日とは、また違う…明らかに何かおかしい。
 シレンの声……喘ぎ声なのか…? チェイスの苛立った声も、激しくなっていく。
『チッ、つまんねえな。もう壊れやがった』
 ドサッと放るような音が、横の壁に伝わってきた。
 
『……Bring to me KATUHARU !』
 
 
 俺の名前───!
 手下に何か命令した言葉……ぎくりとした時は、騒がしい喧噪がこの部屋に流れ込んできた。
 
「ん……んんッ…!」
 縛られたまま担がれて、隣の部屋に移動された。
 昨日の悪夢の部屋───広い真ん中にベッドが一つだけ。金髪の男達はその上に俺を放ると、両サイドから肩や脚を押さえつけてきた。
「……よく眠れたか? カツハル」
 厭らしく嗤う声が、横から降ってきた。
「──────」
 すでに上を脱いで、Gパンの前を開けているチェイス……ソコには露を滴らせて光っている、白くて長い棒杭が、欲望を滾らせて真上を向いていた。
 
「カツハルでないと、ココが満足しねぇ……」
 ニタリと唇を捲り上げると、それを俺の顔の前に突きだしてきた。
「………んんッ…」
 見たくもない、そんな凶器。おぞましくて首を捩った。
「カツハル」
 ──痛ッ……前髪を掴まれて、顔を向き合わされた。
「ヒャハハ…今日こそ愛してるって、言わせるぜ。もう容赦しねぇ…たっぷりとアレを打ってやる!」
「─────」
 間近に眼を覗き込んできて、歯茎を剥き出す。
 
 ───嫌だ……
 
 昨日やっと判った、俺とメグの絆。これだけは、護りたかった…心は渡さないって、どんだけ頑張ってきたか。
 なのに、本当に、全てを奪われてしまう……こんなヤツに……!
 恐怖と、哀しみが湧いてくる……嫌だ…嫌だ……!
 
「んん…ッ!」
 掴まれてる髪を振り解こうと、必死に顔を振った。その時、視界の端に白い塊が映った。
 ───シレン……!
 部屋の角にうち捨てたボロ雑巾のように、全裸で転がっている。赤い髪は艶を失って、顔を覆い隠していた。ガクガクと手足を振るわせて、何かを呻いてる……
「んん────ッ!」
 俺は必死に喉から声を絞り出して、呼んだ。
 ……シレン、シレンッ!
 どれだけ声を出しても、俺のことが判らない。声も聞こえないんだ……ぴくりとも反応しない。壊れてもいいって……どんだけの量、打ったんだよ…?
 
 ───酷すぎる……!
 
 憎しみのありったけで視線を戻してチェイスを睨み上げると、高揚していた顔が面白くなさそうに引き吊った。
「ヘッ……気が散るらしいな」
 何かを思い付いたように、グイと口の端を引き上げて嗤った。
「……だったら、用済みから始末しちまうおか」
 俺から離れると、デニムの前を閉めながら、自分の上着を持ってこさせた。
 ……始末って───
 その手元を凝視した時、ポケットを探っていたチェイスも動きを止めた。
 
「あァ!? ……ねぇぞ?」
 上着をひっくり返しては確かめて、
「んなハズねぇ……確かココに、入れておいたのに…」
 探しながら、額に青筋を浮かべていく。
「Goddamn it !…Hey, butthead !」
 数人の手下達に、大声で喚きだした。“Gun” そう連発 して叫んでいる。
「チッ、バカ野郎共が!」
「…………」
 チェイスの最後の怒鳴りつけで、そのうちの二人が血相を変えて、部屋を飛び出していった。シレンの体を蹴飛ばしているのも、気付かないほど慌てて。
 
「オレ様の銃の管理も、ちゃんと出来ねぇ…、どうしようもねぇな!」
 憎々しげに舌打ちを繰り返して、俺に向き直った。
「今、取りに行かせた。……その間に、コッチも仕込んでおくか…」
 赤い舌を見せて、俺のセーターとシャツを捲り上げた。
「……ンッ」
 噛みつくように、歯と舌先で胸の突起を弄りだした。
 ───や…
 ズキンと走り出す、疼き。体を捩ると、その勢いのまま俯せにされた。
「んんッ」
 ジーンズの隙間から、尻に手を突っ込んできた。割れ目の間を強引に、指が動く。
「ンッ…ンッ……!」
 ゾクゾクと這い上がる、悪寒、痺れ……嫌だ…嫌だッ!
 首を必死に振って、後ろのチェイスを睨み付けた。背中にのし掛かってきて、興奮した顔を寄せてくる。
「この口は、アレを打ったら解放してやる」
 猿ぐつわの紐を撫でながら、ハァハァと熱い息を、耳に吹き掛けられた。
「もうすぐだぜ…カツハル……すぐに、オレしかその眼に映らなくしてやる…」
「んんッ…!」
 背中に回されていた腕が、解かれた。
 また仰向けにひっくり返されて、腕は大の字で押さえつけられてしまった。ベッドの四方から、金髪の男達に固定されて───左右の肩と腕、縛ったままの両脚……そして、腹に跨るチェイス。
「…………ッ」
 どう動いたって、逃げられない……。ギラギラとした碧眼が、俺の呻きさえ……恐怖で抑え込む。
 横に立っている男が、俺の左腕のセーターとシャツを捲り上げた。
 
「───────!」
 
 肘の上をゴムでキツク巻かれた。見なくたって、血管が浮かび上がっていくのが判る。 
 やだ……嫌だ────!
 
 
 自分の心臓の音
 チェイスの荒い息
 シリンジの針が、液体を吸い取る音……
 
 無骨な指が、浮き出た血管の、刺しやすい場所を探してなぞる………
 
 
 破裂しそうな恐怖が、頭を真っ白にした────
 
 
 
「……oh!」
 
 俺の腕を掴んでいた男が、何か叫びながら手を離した。
 
 ───────?
 なに…………どうした……?
 
 
 目を瞑って、歯を食いしばって……ガチガチに固まってしまった体は、すぐに動かない。
「…………」
 浅い息を吹き返しながら、やっと薄目を開けると……驚いた横顔で、チェイスも固まっていた。
 
 その視線の先には────
 
 
 
 
 いつの間に、部屋に入って来ていたのか。オッサンが突っ立っていた。
 
 
 
 
 
 
「……マサヨシ…!?」
 


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