chapter3. true courage -ほんとうの勇気-
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3
「はい、これ」
次の日、柴田先生が真新しい携帯を、僕に手渡してくれた。
「…………!」
僕はびっくりして、先生を見上げてしまった。
「ご両親がOKしてくれても、手に入れるまでは、時間が掛かるだろう?」
それを受け取りながら、また、声が出ない。
「…………ダメ……だって」
やっと絞り出して、それだけ言った。胸が痛くて、手が震える。
「……そうか」
「……………」
昨日と同じ、職員室の隣にある生活指導室で。
パイプ椅子に座って向かい合っていた先生は、僕の前にしゃがみ込んで、下から覗き込んできた。
「なんて、お願いしたんだ?」
「………ふべん…だから」
「………そうか」
僕の手を携帯ごと握ると、またぽんぽんと頭を軽く叩いた。
「お願いできただけ、偉いぞ」
「…………」
「今度は、先生から頼んでみるからな。それまではコレを使え。何でもいいから。ひとことを、何回でも」
「…………」
「言いたくなった言葉を、ただ打ち込むんだ。相談しようなんて、思わなくていい。心の声を聞かせてくれよ?」
「…………はい」
両手で携帯を握り締めて、結局僕は泣いていた。
昨日は我慢したのに。
柴田先生の優しい声に……手の中の手応えに………
とうさんに、上手くお願い出来たかはわからないけど、ダメだったから。
でも……勇気を出して、僕、一歩進んだのかな………
「あれ、……これ、見たことある」
薄ピンク色のプレゼントを見つめていて、気が付いた。
……これ、もしかして。
「知ってるのか? たまたま桜庭先生のと同じだったんだ。後続だけどな。桜色が、天野に似合うと思って選んだら…」
「…………」
「本当は男女兼用を、探すつもりだったんだがな。女の子っぽくてヤダなんて、言うなよ!」
先生の笑顔に吊られて、僕もちょっと笑った。
「………はい」
でも……言えないけど、本当は嫌だった。
桜庭先生には、似合ってる色だと思う。
でも僕の場合、オンナみたいって…そうからかわれるのが、怖いよ……。
それに、あの先生とお揃いっていうのが、それが嫌だった。
僕と先生は、仲良しじゃないんだから────
その日、桜庭先生に久しぶりに触られた。
「君の身体が、見たいんだ」
「……………」
何もされないと思っていたから、全身が凍り付いた。
お茶を淹れて、隣りに座って。ケガの様子なんかを聞いたり…それで、帰れると思っていたのに。
「全部脱いで、横になって」
「…………」
まだ頭の包帯が取れただけ。吊ってる腕は、そのままなのに。
さっきまで優しかった目が吊り上がって、僕を見下ろす。早くしろと、無言で言っている。
……まだだ……なんの変わりもないよ……
服を脱いでベッドに横になると、先生の手が、足の方から滑ってきた。
「綺麗……君の肌は、夏でも焼けなかったね」
「……ん」
敏感なところを、特に触る。顔を寄せて、舌先で舐められた。
「あ……せんせ……」
久しぶりの感覚に、嫌な気持ち悪さと火照りが、同時に湧き上がる。
「可愛い天野君を……見せて……」
濡らした指が中に入ってきた。
「あッ………」
これも、久しぶり……やだ……
腰を捩って、シーツを乱した。そんな僕を、楽しそうに眺める。
「あぁ……や……やぁ……」
「“いい”…でしょう? ……イッて……天野君…君をみせて」
舌で舐められながら、扱かれた。
「ん………んぁああッ…!」
先生の口の中で、絶頂を迎えた。
「可愛かった……また見せてね」
唇にキス。舌先が涙をすくう。
「………」
終わると、いつも優しい先生。
僕をいたわるように抱き締める。
でも……なんでか……先生の笑顔が、なんとなく怖く感じる。
いつ、乱暴な空気になるか……
僕を叩かなくても、ノートをバンッて机に叩き付けるの、やだ。
それだけでも、体が竦むよ……
それは時々、急すぎて。先生も自分で驚いてるみたいなのは…なんで……?
……桜庭先生………まだ、そのままでいて。
本当に怖い先生に、まだ、ならないで───!
「緒方君……これの使い方、わかる?」
携帯を持った…なんて言っても、じっさいどうしていいか、わからなかった。
何を柴田先生に、伝えるのか。…それもそうだけど、それ以前に操作がわからない。
「天野、携帯持ったんだ! スゲーなあ!」
「……うん。緒方君は?」
「オレは無いよ。でも、父さんや母さんのを時々いじってるから、わかる」
放課後、緒方君を呼び止めて聞いてみたんだ。
誰かに教えてもらうなら、緒方君しかいないと思って。僕たちは屋上へ行く階段の一番上まで行って、並んで座りこんだ。
「へえ、可愛い色! 天野にピッタリじゃん」
「……女の子用みたいでしょ」
「んなことねぇよ! 貸してみ!」
僕からそれを受け取ると、二つ折りを開いて、あちこち押し出した。
「にしても、どうしたんだよ携帯なんて。説明書は?」
「……ない」
ハッキリしない僕の返事に、緒方君も一瞬変な顔をした。
「まあいいや。で? メール?」
「……うん」
親とは違う機種だからとシクハックしながら、緒方君は丁寧に教えてくれた。
僕は覚えが悪くて、何度も同じコトを聞き返しては、少しずつ覚えていった。
霧島君と花壇に行った時のように、緒方君と階段の一番上に通った。
たいてい放課後だったけど、お願いすれば、緒方君は他の友達との約束を断って、付き合ってくれた。
「ごめんね、いつも」
「いいよ。天野といる方が、オレも嬉しいし」
「……………」
すぐにこういう事を、言う。僕は慣れなくて、赤面しては下を向いた。
「一回でも、送ってみたのか? メール」
「……まだ」
「んだよ。何のために覚えてんだか。今、送ってみろよ」
「え……」
それは……柴田先生の名前を、見られたくない。そう思って、首を横に振ってしまった。
「……もしかして、霧島?」
「え!?」
「違うなら、いいけど」
横から、僕を覗き込む。
「アイツとの仲を取り持つための、メールだったら。……嫌だなあと思ってさ」
「……ちがうよ」
緒方君の真剣な眼に、僕は笑い返した。
そんなのだったら、こんなこと、緒方君に頼めない。さすがに僕でも、それはわかるよ……。
「あー、また! そんな泣きそうなカオ、すんなよ!」
「……え」
握っていた携帯を奪うと、ぎゅっと腕ごと抱き締められた。
「………!!」
「そんなに、仲直りしたい?」
「…………」
「そんなに、霧島がいいんだ?」
耳の横で訊いてくる。堪りかねたような声。時々言う、“オレじゃダメか?”って、そういう時と同じ声……。
僕は……霧島君と、仲直りしたい。戻れるなら、友達に戻ってほしい。
あんなにいつも一緒にいて……僕を面倒見てくれて……このまま嫌われたままなんて、悲しすぎるよ。
でも……今、霧島君を見て、つい思ってしまうのは……
「克にぃ……なの」
「え?」
「僕は……克にぃが……いいの」
くるまれた胸に顔を埋めたまま、呟いた。
声がこもっちゃって、聞こえたかはわからないけど。
「───お前の、兄貴だっけ」
「……うん」
「…………」
抱き締めていた腕が、ほどかれた。横に座り直して、緒方君は目の前の壁を睨み付けた。
最上階の踊り場は、座りこむ僕たちの前に、階段の終わりの壁を作っていた。
「霧島がさ……そのカツニイが、帰ってくればいいのにって」
「……え?」
「そんなこと言っていた。………アイツは天野のこと、何でも知ってて……羨ましいな」
僕を見て、悔しそうに笑った。
優しい顔をしてるけど、こんな顔をすると、緒方君も男っぽい。霧島君とその顔が重なって、胸が痛くなった。
「……何でもじゃ、ないよ」
だから、一緒に居られなくなっちゃったんだ。
恐い顔をしたり、必死な顔をしたり。霧島君は、絶対に見捨てなかった。
声が出なくなっても、本当のことが言えなくなっても……真剣に僕を心配してくれた。
なのにその気持ちを……僕は、返せなかった。振り解いちゃったんだ。差し出してくれた腕を……2回も。
それなのに……
───“カツニイが、帰ってくればいいのに”……?
まだ僕を、心配してくれてるの…………?
「んな寂しいカオで、笑うなって!」
またぎゅっと抱き締められた。
「うぁ……」
「霧島の名前だすたび、そんな顔されちゃ堪んねーなぁ!」
「ごめ……ごめんなさい」
苦しくて、腕の中で藻掻いた。
「……しょーがねぇけど。泣きたいときは、泣けよ?」
やっと離してくれたあと、にっこり笑ってくれた。
「……うん。……ありがとう」
緒方君は、僕を甘やかす時の克にぃみたいに、笑顔をくれる。
甘えてはいけないのは、わかってる……でも。
霧島君……ごめんね。
僕はまだ……説明はできない……
だから、何もきかない緒方君に、頼ってしまう────