chapter3. true courage -ほんとうの勇気-
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9
────桜庭先生!!
「何してるの? 天野君」
いつの間にか開いていたドアから、先生がゆっくりと近づいてきた。
するり……と、僕の手の中から、携帯を引き抜いて、ぱちんと開く。
「他人の携帯を、勝手に弄るなんて……マナーが悪いね」
画面を眺めながら、冷たい声で、静かに言う。
「なにもしてないね。……何かしていたら、いくら君でも……許さない」
───────!!
地を這うような、低い声。
あまりの冷たさに、僕の背中も、凍り付いた。
「何を……しようとしてたの?」
─────怖い……
迫ってくる圧力で、衝立カーテンに押し付けられた。
……これ以上、下がれない…!
「お仕置きが……必要かな」
僕の首元に手を伸ばすと、襟をぐいっと引っ張った。
「あっ……」
宙吊りになるくらい、引っ張り上げられた。
その瞬間、床に響く金属音────
さっきポケットに押し込んだ僕の携帯が、シャツの裾と一緒に、半ズボンから飛び出していた。
「あ……それ……!」
「……携帯? これ、天野君の?」
僕より先に、先生が拾ってしまった。
「ぼくのと、同じ……」
指の間でクルクルと回しながら、目を見開いてそれを見つめる。
「うん……同じだと……思って……つい」
心にもない、とりつくろい……頭が真っ白になって、自分で何を言っているか、分かっていなかった。
「ごめんなさい……せんせい……ごめんなさい!」
返して欲しくて……“お仕置き”が怖くて……
平林君達に囲まれたときより、恐怖を感じていた。
「ふ……天野君が、携帯持ってたなんて」
どんな怖いことされるかと、体中が震えている僕に、先生は微笑んできた。
「……………」
「そうか……それはそれで、いいね」
──────?
「天野君。ぼくと、メールしよう」
「………え?」
「ぼくが“おいで”って、送るから……そうしたら、すぐにおいで」
「──────!」
「夜も、おやすみの挨拶を……朝はおはようのコールを」
「これで、24時間、───君を独り占めできるよね」
……妖しい煌めきを見せながら、先生が笑う………
「赤外線でぼくのアドレス、送っておくよ。知らないなんて言わせないからね」
慣れた手つきで、双子のような携帯を向かい合わせて、操作している。
────24時間?
すぐに、おいでって……一日一回だって、大変なのに……
呆然としている僕に、数回ピッピと言わせた携帯を返してきた。
「はい。君の」
「………………」
すっかり異物となったそれを、無言で受け取った。
「それにしても……悪さはいけないよね」
「───!!」
「やっぱり、お仕置きしなきゃ」
その後はもう、怖いだけの先生だった。
僕の両手を小さなベルトみたいので縛って、口はタオルで塞いで……
何度謝っても、泣いても、許してくれない。すっごい焦らされて、おかしくなりそうにされて……その後は、何度もいかされた。
……今、何時なの……
僕、家に帰れるの……?
時々思うけど、先生の声が考えることも、許さない。
「いいね、天野君……君は、ぼくのものだ」
「この手から離れようなんて……何かしようなんて、考えることがもう、罪なんだよ……」
繰り返し、繰り返し……
高められながら囁かれて、僕は喘ぐことしかできなかった。
「またメール? 天野、メル友増えたのか?」
何度も携帯を確認する僕を、怪訝そうに緒方君が見下ろす。
「……うん、そう」
あの日から、先生は本当に……僕を24時間、縛り付けた。
──身体は離れていても、何処にいても、いつの時間もぼくを思い出して──
先生の呪縛は、夢の中まで僕を苦しめた。
弄られて、熱くされて……夢の中で僕は、“気持ちいい”って変な声を出して…起きるたび、どんどん自分が嫌いになった。
変わっていく自分が、わかる……
────先生に言われる、恥ずかしい言葉。──その通りに、僕の身体……変になっていっちゃうよ………
でも、先生に会う回数が増えるってことは……
───チャンスも増えるって、ことだったんだ。
その日、霧島君のよくない噂を聞いた。
「あいつ、最近付き合い悪ぃな」
「つか、暗くね? ここんとこ」
通りすがりに、そんなことを言いながら歩く集団……
────霧島君…?
あんなに明るくて、いつだって誰かとふざけ合っていて……
僕がおかしくなったって、霧島君が元気なくなることなんて、ないと思っていたのに…!
そのことが気になっていた僕は、また先生に「集中してない」って、怒られた。
昼休みの責めは厳しくて、終わった後、そのまま意識を失っていた。
……………話し声?
ぼそぼそと会話する気配で、目が覚めた。僕の身体は綺麗に拭かれて、服もちゃんと着ていた。
…………怠い
やっと起きあがって、会話に耳を澄ます。
……柴田先生?
よく聞こえないけど、後ろのドアの外で、桜庭先生と立ち話してるみたいだった。
「…………」
衝立カーテンの外に顔を出すと、ドアの隅に寄り掛かってる、桜庭先生の背中が見えた。
──────え!?
先生ばっか気にしてて、机の上のそれに気が付くのが、遅くなった。
赤いストラップ───その先にピンクの携帯……
「─────!」
僕は迷わなかった。
先生はまだ、僕が寝てると思ってる! 今しかないんだ!!
くつしたのまま飛び出して、机の上のそれを掴んだ。
急いでベッドに戻って、布団の中に潜り込んだ。
早く! 早く! 早く! 早く! 早く!
心臓の音が、そう言っている。手が震える。
────早く! 何度も練習したんだ! 写真を探して……
ボタンを押した瞬間、心臓が止まるかと思った。
“ピッ”
その操作音が、世界中に響いたかと思った。手が……手が、ますます震える……
聞こえないで!
先生にこの音が、届かないで!!
そう祈りながら、布団の中で写真を探した。
──────!!
見つけた………
見つけた………だけど……だけど…
消せばいいと思ってた。あの写真を……
でも、そこに並んでいる写真は、───何枚…あるの……?
僕の裸の写真が……見るに堪えない、恥ずかしい格好の僕が……!!
こんなの、消しきれない……先生が、戻ってきちゃうよ─────!
柴田先生……桜庭先生を、止めていて!!
被っている布団のせいで、外の様子が分からない。
もう、話し終えて戻ってきているかもしれない……そんな恐怖が湧き上がってきて、指が震える。
でも……でも……!!
もう、今しかないと思った。
これがばれたら、僕はきっと……
そんなの、克にぃが悲しむから……僕が生きていないと、悲しむから……
神様、お願い───!
祈りながら、いくつかのボタンを押した。最小限の回数……
急いで布団をはね除けて、机に走った。
───戻ってきてたって! 戻ってないかもしれない!
そんな駆け引きを心でしながら、まだ無人だった机に、それを置いた。
「─────!」
ベッドに急いで戻るとき、目の端に、先生の動く背中が見えた。
「それでは……」
という、挨拶の声………
地獄の底から、何かに追いかけられているような足の竦み…!
動いて、僕の足!
自分に叫びながらベッドに走り戻って、また布団に潜り込んだ。
───はぁッ……はぁッ……
体中が心臓になって、熱くなって、汗を掻いていた。
「……………」
真っ暗い中で、耳を澄ませた。
自分の動悸と息の他に、何も聞こえない……
時間が、永遠に止まったような気がした。
遠くで、カタン…って、小さな音……
「天野君……起きて」
布団の上から、身体を揺すられた。
────!!
………怖い! ……動けない……
布団が捲られ、先生の顔が僕を覗き込む。
「……汗、びっしょり。こんなに頭まで潜り込んで、寝てるからだよ」
くすりと笑って、僕の前髪を掻き上げた。
「……大丈夫……起きれる? 午後の授業、始まるよ」
「─────」
先生の声に、……怒りはない。
そう思うと、固まってた僕の体は、動くことができた。
小さく頷いて、先生に助けられながらベッドに起きあがった。
「……天野君」
顎を持ち上げられて、先生の顔が近づいてくる。
───いつもの……。
「……ん……」
僕は目を瞑って、先生の舌を受け入れる。
怖いのと、安心と……悲しいので、涙が頬を伝った。
「……天野君。ごめんね…さっきの、辛かったね」
キスで涙を拭いながら、囁く。
「ぼくのことだけ、考えていて。そうしたら、あんな酷いこと、しないんだから……」
「…………」
縦に一回……。頷けば、その場は開放されるから……。
言いなりになるふりをして、保健室からやっと出ることができた。
……確認しなくちゃ……
教室に向かう途中のトイレの個室で、開いた携帯は着信を二通、受けていた。
───二通……?
一通目は、僕が送ったメール…………やった!
添付ファイルを開くと、あの写真───
「………っ!」
吐き気を感じて、慌てて携帯を閉じた。
ドアに寄り掛かって、息を整える。
「………はぁッ……はぁッ…」
────“証拠”を手に入れた……!
ずっと思ってたんだ。
柴田先生の言ってた“証拠”って。……それがないと、先生は……
もし、全部を打ち明けたって、柴田先生は信じてくれない。
それが、はっきりわかった。
それだけは、わかった……
だから、本当に助けて欲しかったら……証拠を見せるしか無いんだって。
消せないなら、それしかない! って、あの時布団の中で……
────でも、今ちらっと見ただけでも……あまりに酷い…。
成功と、失敗……そんな感覚が、胸の中をぐちゃぐちゃにした。
しばらく放心していて、手の中の物を見つめた。
………もう一通、来てるんだ…確認しなきゃ…。
「──────!!」
開き直した画面には、桜庭先生からの……
天野君
君がしたこと、ぼくがわからないと思っているの?
君はどこまで……
でも、いいよ。欲しければ、あげる。
でも、気を付けて。
そんな恥ずかしい写真、誰かに観られたら……。
……恥ずかしいね。
真っ赤になって。
涙流して……嫌がってるフリしてるけど、感じてる君の身体、ちゃんと写ってる。
そんなにほしいなら、もう一枚……あげるよ
添付されていた写真は、僕が気絶している時のものだった。
やっぱり真っ赤な顔に、涙の跡……身体には、僕と先生の………
「────────!」
叫び声も出ない。その場に蹲って、涙も出ない。
────克にぃ…克にぃ………やっと、勇気出したのに……
…先生から逃げる道、作れるかと思ったのに………
むり……むり……むり……むり……むり……むり……!!
こんなの、誰にも見せられない───────
どうやって、教室に戻ったのか……
午後の授業を受けて、帰りの廊下を歩いていた。
「天野、天野……?」
誰かが呼ぶけど、わからない……
「今日は、いいのか?」
「……………」
「あ、先生! ……天野が……」
────せんせい?
「天野? どうした?」
………見上げたけど、わからない……だれ?
「………俺にまかせて、緒方は帰れ」
「……はい」
…………だれ……僕を引っ張る……
「天野、どうした? おい!」
………今度は揺すられた…………うるさいな……
「何があった!? おい! 先生を見ろ!」
揺する……揺する……揺する……………………必死な声……
やっと僕は、先生を見た。
「…………柴田先生」
「天野、よかった!」
ぎゅっと抱き締められた。
「………」
「なあ、本当に、お前に何が起きているんだ? 教えてくれ……!」