chapter10. time and time again 穿たれる楔-調 教-
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 2
 
「─────」 
 ふう、と溜息をついて、夢の残像を追っ払った。
 
 ……ここは……
 目が覚めるたびに、何処にいるのか、わからなくなる。
 身体の軋みと、手首のプレ─トを見て、思い出した。
 
 ───あの……苦痛の時間。
 悔しい思いが蘇ってきて、掌を握り締めた。今、両手首は離れていて、自由だった。
「───」
 シーツの上を擦らせて、片手を引き寄せる。
 手首に嵌められた、その金属プレートをじっくりと眺めた。幅10センチ、厚み5ミリくらいの金属板が、手首の周りを囲っている。それぞれにシルバーのリングが付いていて、動かすたび、チャリチャリと鳴った。
「…………」
 右手首のプレートの下に新しい包帯が巻いてあった。
 ぼんやりと考えた。山崎が巻いてくれた包帯は、雨で汚れてしまったはずだ。
「………あ……?」
 ───俺は、何か大事なことを、思い出しそうになった。
 ……なんだ?
 頭を掠めた、何か……それは、とても大事な事だった気がする。
 でも集中する前に、俺の思考は掻き乱された。
「やあ、起きた?」
 ドアが開いて、アイツが入ってきた。
「…………!」
 俺の喉が引き吊った。そして、今までにない身体の反応。
 ……震えていた。
 どんなに嫌でも、地獄でも、こんな事はなかったのに。
 横たわったまま、オッサンを見上げていた。肩までかけられた布団から手だけ出して。
 その手首のリングがカチャカチャと小さな音を立てていた。
 
「なに、克晴……震えてるの?」
 オッサンも直ぐに気が付いた。
 
 ───大人の暴力に………従わされた恐怖だった。 
 殴られた訳じゃないけど、あれは暴力だった。
 “イかせてください”なんて、言わされた。……言わざるを得ない状況に追い込まれた事が、恐怖として刻み込まれたんだ。
 頭じゃない、身体が怖がっている。
「…………ッ」
 勝手に震え出す身体に、俺もどうしていいか分からなかった。
 でも、こんなことでナメられたくはない。唇を噛み締めて、オッサンを睨み付けた。
 
 オッサンが俺を見つめた。
 悲しげな目でじっと見降ろしてくる。今更そんな顔したからって、何だと言うんだ。
 睨み返していると、唇が何か言いたげに動いた。
「───?」
 声にならず、それはオッサンの口の中だけで繰り返されていた。そして、ふと暗い影が双眸に宿った。
「………克晴……起きたのなら、丁度いいや」
 震えている俺の手首をシーツに押し付けて、布団を一気に剥ぎ取った。
「────!!」
 無意識に、自由になる方の手で、のし掛かってくるオッサンの胸を押し返した。
「……抗うと、また繋ぐだけだよ。それが好きなら、それでもいいけど」
「…………っ」
 俺は、怯えた。
 見返した視線に、力が込められたかどうか……。抗った腕は力を失し、なすがまま、シーツに押し付けられた。
「克晴……やっと、いい子になってきた」
 
 俺に跨った悪魔は、あまり解しもせずに、強引に突っ込んできた。
 痛がる俺の両腕を顔の横で押さえ付けて、ずっと見下ろしながら腰を動かし続けた。
 時々唇を合わせてくる。無理矢理舌を入れてきて、口内を蹂躙した。
 常に聞こえてくる、克晴、克晴、と呼ぶ声。俺の名前そのものが、呪詛のように感じた。
 ……もう俺を“克にい”と呼ぶ誰かは、……俺の側に一人もいない。
「……んッ、……んッ……」
 異物を抽挿されながら、ついて出る喘ぎを殺しながら、
 ───俺は啼いていた。
 
 
 
 
 
 散々後ろを突かれ、俺はまた、気絶寸前だった。
 事を終えたオッサンは、甲斐甲斐しく俺の世話を焼き始めた。
 トイレに行かせ、シャワーを浴びせる。ベッドに連れ戻されると、栄養ドリンクまで用意してあった。
 何をどれだけ食べてないか、もう、わからない。感覚は麻痺して、胃が何も受け付けなかった。
「それくらい、無理しても飲んで」
 かなり強引に飲まされた。
 
「………パンツは?」
 今回はパジャマの上下を着ることができた。でも、その下がない。直でパジャマのズボンは気持ちが悪かった。
「ないよ」
 チラリと俺を見て、一言。
「脱がせるの、面倒くさいモン」
 それで終わりだった。
 そして、言葉を失くした俺に、優しく囁く。
「……僕の言うとおりにして、いい子でいたら、この先はわかんないよ。自由もあげる」
 俺はベッドに腰掛けたまま、オッサンを見上げた。
 ───どんだけ……拘束する気なんだ……?
 その顎に手を添えられた。唇が降りてくる。咄嗟に顔を背けて、逃げようとした。
「………克晴」
 上から冷たい声が降った。添える手にも力が込められる。
 俺の身体がまた、恐怖に怯えた。視線を無理矢理合わせられ、俺を見据える。
「……………」
 ゆっくり、顔が近づいてきた。
 俺は眼を硬く瞑って、それを受け入れた。
 ……あの頃、車中でずっとやってきたように。
 オッサンの腕が、そのまま俺を抱きすくめた。
「克晴……19歳になっちゃったね」
「────」
「僕、誕生日を祝ってあげるつもりだったのに、いなくなっちゃうんだから……」
 耳に息を掛けながら、悲しそうに言う。
「ちょっと過ぎちゃったけど、今日、お祝いしようね」
 
「────」
 色々な悪態が口を突いて出そうになる。
 それを抑えるのに、俺はまた、奥歯を噛み締めていた。
 


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