chapter18. Say you -それがすべて-
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 5
 
「……大切な友達が、僕を好きって…言ってくれたんです」
 
 
『……………』
 意を決してしゃべり出した僕の言葉を、神父さんは黙って聞いていてくれた。 
 
 
「でも、僕には…別に好きな人…いるし」
『……………』 
 
「僕が哀しい顔をしていると、友達が辛い顔をするんです。……それがまた、苦しくて…」
『……………』 
 
「…だけど…僕…」
 コートにしがみつくように、腕に力を入れた。
 ぎゅっと一回、唇を噛む。
 
「……自分が嫌いで……好かれる資格が…ないんです」
 
『なんで?』
 
 
 ───なんで…? 
 驚いたように聞き返されて、言葉に詰まった。
 こっちのことの方が…本当に、相談したいことだったから。
 
 
「……前に…怖い目にあって。それが、自分から…離れなくて…」
 
 深呼吸しながら、ひとこと、ひとこと、探した。
 
「その人がまた逢おうって、言ってきて…怖くて、行きませんでした」
『………』
「でも、夢に見るんです。その人にされたこと、なんども夢に見て…その度、自分が嫌いになっていく…」
 
 言っていて、ガタガタ身体が震えだしていた。
 夢から起きたときの、あの罪悪感……心も身体も、引きちぎってしまいたくなる。
 反応してしまう、こんな体…大嫌いだ……
 
『……ぅうーん…』
 神父さんの呻き…それを掻き消しそうな自分の嗚咽を、僕は噛み殺した。
 
「もう寝るのも怖い…外に出るのも怖い……このままじゃ、前に進めない…どうしていいか、わからないんです……」
 
 ポタポタと、クリーム色のコートに雫が垂れていく。
 このままじゃ、克にぃを待ち続けるのも不安になる。
 逢いたいけど、逢う資格がない…そう思うのが…辛いよ。
 
「好きでいるのも…好いてもらうのも……自分を好きになるのも───もう無理なの…? 僕……それが哀しいんです…」
 
 
 
『………………』 
 
 
 
 言うだけ言えた─── 
 
 一息付いた後は、もう言葉が出ない。
 ここから先が、いつも止まってしまう。
 怖い…哀しい…ただ押し潰されそうで……。嗚咽を我慢しながら、涙だけ流し続けていた。
 聞いてほしいだけ、なんて言っちゃったけど…なにか言って欲しかった。
 
 
 ……でも…。
 
『………うぅーん…』
 唸ってばかりの神父さん。
 
 もっと細かいことキチンと言わないと、わかんないかな……それとも、返す言葉なんか、無いのかも知れない。
 
「……………」 
 コートから膝に滑り落ちていく、いくつもの水滴。
 ジーンズに黒い染みを作る。
 暗がりの中で、俯いてそれを見つめているうちに、涙も止まって、震えも治まっていった。
 
 …………。
 落ち着いたら、さっきの自信のなさそうな神父さんの、姿を思い出した。
 小柄で細くて…、戸惑ったような笑い顔。
 ───新米神父さん…初めてだって、言ってた。
 ……相談受けるのって、大変なのに。
 
 なのに、こんな話────
 
 
 顔を上げて、小窓を見つめた。格子の向こう側が、心配になったから。
「…………」
 何かまだ唸ってるのが、伝わってくる。
 ───神父さん、きっと困ってるんだ……
 そう思ったら、もう言葉なんて無くたって、よくなっちゃた。……聞いてもらえただけ、よかったんだ。
 
「忘れるのが…一番ですよね……友達もそう言ってたし」
 吐き出せて、よかった。口にしただけでも、ちょっと楽になったかも。
 そう思うことにして、立ち上がろうとしたら…
 
 
 
『……会ったほうが…いいんじゃないかな』
 
 
 
 ぽそりと、聞こえた声。
「……え?」
 網格子の向こう、さっきまでとは違う、しっかりした言葉……
 
 
 
『進みたいなら、会った方がいいよ』
 
 
 
 もう一度。
 
 僕には、衝撃的な言葉だった。
 
 雷に打たれたようなショック…頭から全身が痺れた。
 ……それは、怖くて目を背けていた答え───
 
 
 
 ────会う…? 桜庭先生に…?
 白衣、さらさら髪、優しいけど怖い眼……思い出すだけで、体が竦む。
 
「……………」
 唇を噛んで、息を詰めて、格子窓を見つめた。
 ハイ、ともイヤ、とも答えられなくて。
 
 
 他にも、何か言ったようだった。
 でももう、僕には、聞こえてなかった……
 
 
 だって、……こんな言い方、笑われるかもしれないけど……
 僕には…天の啓示みたいに、聞こえたんだ。
 
 
 神父さんの答え。
 それはまるで、克にぃに言われてるような、錯覚を起こした。
 
 
 僕にとって、克にぃはすべてだから……神様の声があるとしたら、それは克にぃなんだと思う。
 だから───天から克にぃの声が、降ってきたと…思った。
 
「…………………」
 体中が芯から震えて、胸が熱くなった。
 暗いはずの室内が、眩しいくらい輝いて……さっきとは違う、熱い涙が流れていく。
 なんだか、わからないけれど、ジンジン胸が痺れる……熱い…熱い……
 
 
 僕はもう、信じて疑わなかった。 
 克にぃが、僕に道を教えてくれた。 
 
 
 “怖がってちゃ進めない……勇気を出すんだ”って─────
 


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