chapter4. blood ceremony -血の饗宴-
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「───俺に……俺に触るなッ!!」
克晴に突き飛ばされて、僕はベッドの上で、後ろに手を突いた。
びっくりして、そのまま克晴を見つめる。
逃げた小鳥をやっと捕まえて……やっと熱が引いて、目を覚ましたところだった。
心がここに無いような克晴。ぼんやりしてて……。
でも僕の愛撫に反応して、正気に戻ってくれた。嬉しくて、安心して、思わず抱きしめてしまったのに。
そして、克晴の言葉はさらに、僕を驚かせた。
「お前はもう、終わったんだ! 俺の中にはいないんだ、今更出て来んなよ!」
────!!
「しつこいんだよ、なんで俺なんだ!」
「いい加減、父さんとこイケよ! ……馬鹿じゃねぇの? アンタ!!」
………え? ──先輩?
「もういいだろ!? なんでこんなこと、繰り返すんだ!」
「病気も大概にしろよ! ……大っ迷惑だッ!!」
全身から炎が噴き出すような、克晴の叫び。部屋中に、その絶叫がビリビリと響き渡る。
「─────っ!」
言い返そうとした僕の心に、体に、所構わずその炎の矢は激しく突き刺さった。
あんまり熱くて、痛くて、……思考も体も一瞬、硬直してしまった。
…………違う……違う!
否定したいのにできない。
克晴の憎しみで灼かれた僕の心は、どんどん火傷を広げていく。
喉も灼かれた。痛すぎて、声が出ない。
好きなのに
好きなのに
こんなに好きなのに……
口の中だけで、繰り返す。
もういい加減にしろ、……だって?
なんで俺なんだ? ……だって? ……そんなの……
───だって、克晴が好きなんだ。
もう、先輩じゃないんだ!
今更じゃない。
僕には、これからなんだから……。
頭の中で、抉られた傷を克晴への想いで塞いでいく。
……好きなのに
……好きなのに
……こんなに克晴が好きなのに……
口の中では、それだけ繰り返す。それだけを伝えたくて────
「───かつ…はる……」
掠れた声で、その名を絞り出した。
見つめた愛しい顔は、まだ燃える眼で、僕を睨み付けている。
………言えない。
言えるはずがない。
こんな酷いコトして……本当の心なんて、伝わるはずがないんだから……
悲しくて、首を横に振った。
想いは、口の中でだけ、こだまする。
───そして
諦めた心は…別の手段で、愛する者を拘束しようと、計算を始める──
「……そう。やっぱ、こうなるんだ」
「───?」
「克晴……僕はね……いつだって、もっと優しくしたかった」
目の前にある、眉を顰めた怪訝な顔…こんな表情ですら、愛しいよ。
抱きしめて、好き、と言えたら……
優しくキスして、愛してる、と言えたら……
───切なくて、胸がきりきりと締め付けられた。
心では泣きながら、下半身が疼きだす。
火傷でタダレた傷と一緒に、ズキズキと疼き出す。
この痛みは、克晴自身でないと、止められない───と。
もう、僕のスイッチは入ってしまった。
克晴は知らない。
僕の残虐性を煽るのは、いつでも克晴本人なのだということを。
特注で作らせたカフスプレートは、申し分なかった。
引き合ったプレートのリングと、ベッドの鎖を繋ぐ。克晴の怯える顔が、僕をますます興奮させる。
「……久しぶりなんじゃない? こんなの付けるの」
そう言いながら、ギャグを噛ませた。
僕にとっても、久しぶりの感覚。以前は制服プレイの時、必ず噛ませていた。初めは怖がって、いっつも暴れて嫌がっていた。
でもだんだん回数を重ねる事に、克晴もいい子になっていって……
学ランのまま後ろ手に縛られて、ベッドに座り込む克晴。その背後に立って、口元にこれを突き当てると、項垂れたまま咥えるんだ。
首の後ろでベルトを締めて、固定している間中、俯いてうなじを僕に晒している。横顔を覗き込むと、必ず眉根を寄せて目を閉じていた。苦渋に耐えているように。
……懐かしいな。
育ってしまった克晴を、見つめ直す。
泣きそうな目で、気丈に睨み付けてくる。
上気させた頬に、細い革ベルトが食い込んでいるのが、すごいイヤラシイ……。
こんな表情ひとつでも、もう昔とは違う。
色っぽくて、身体なんか、エロ過ぎて……
以前のような、庇護欲を掻き立てさせる幼さは、微塵もない。
でも眼は……睨み付けてくる、この眼光だけは変わっていなかった。
僕は…19歳の克晴に、あらためて恋してしまっていた。
もう、本当にオッサンなんて呼んでほしくない。
───そう、もう呼ばせない。
「お仕置き第2弾だよ」
僕のものになった克晴に、教え込む。
「ただ、一言。“イエス”と頷く……そこから、始めようね……」
克晴の中に、クスリを挿れて、指を入れて……
何度も何度も、その身体を高めてあげた。
「ぁあ……ぁあああ!」
身悶えて、腰を捩る。頬を紅く染め、吐息まで熱い。
クスリのせいで、目まで潤んでいるのが可愛い。
口は封じて正解だった。ギャグのおかげで、悪態を聞かなくて済むのは、やっぱり良かったから。
「……克晴?」
何度も訊いてみる。
「気持ちいい? ……もっと欲しい?」
「…………」
その度、サラサラの前髪は横に揺れた。
感度の良い体は、下半身が……前も後ろも……限界を超えているはずだった。
イきそうになると、僕は愛撫をやめた。
口の中で大きくなって、震え出すから、すぐわかる。
「………はぁっ……」
とたんに、克晴の高まりが萎えていくのも分かる。
焦れて、腰を捩る。
中に入れっぱなしの指に刺激を感じると、恥ずかしそうに目を瞑って顔を背ける。
鉄の棒を噛み締めてる、口の端から覗く犬歯も、格好いい。
まるで牙を剥き出して、威嚇してるみたいにも見えるのが、ちょっと悲しいけど…。
唾液が首を伝っていて、それにも恥じて、目を伏せる。
………愛しい……
抱きしめて、“ごめんね”と、言いたくなる。
こんなこともうやめて、精神も身体も、解放してあげたくなる。
……でも、ダメなんだ。
克晴は、絶対僕を振り向かない。こうでもしなきゃ、一生名前なんか呼んでくれない。
何でなんだ。
───何でこうまで、頑ななんだろう……
この状態がどれだけ辛いか、……僕はよく判る。イヤってほど知ってる。
僕は……ここまで耐えられなかった。
だから克晴だって、数回繰り返せば堕ちると、思っていたんだ。
だから、……やり過ぎてしまった。
「あっ………あぁっ、やぁ………」
腰を跳ね上げて、感じながらも、抵抗する。
「ヤじゃないはずだよ。ちゃんと感じて……」
言葉でいたぶると、後ろをきゅっと締めてくる。
こんなに反応するのに……
身体は応えてくれるのに……
「そんなにイヤなの? ……僕にお願いするのが…」
悲しくなって、つい訊いてしまった。
僕の問いかけに、克晴が反応した。
仰け反っていた頭が、起きあがる。
上気させた顔の虚ろな眼が、眉をつり上げて僕を捕らえる───