chapter4. blood ceremony -血の饗宴-
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「見て、克晴!」
僕はさっき届いた克晴用のパジャマを、目の前にふわりと広げた。
100%シルク素材で、裾から上に向かって、濃紺が淡い碧へとグラデーションに染められている。
シルクの光沢が、それぞれのブルーを絶妙に煌めかせていて、とても綺麗だ。
「──────」
克晴はそれを見ても、何の反応も示さなかった。
色の鮮やかさにも、新しいパジャマにも、眼を輝かせることなく、にこりともしない。
「………嬉しく…ないの?」
この色は、絶対克晴に似合う。
一目見たときから、そう思って、すぐ届けるように手配をしておいたんだ。
一人浮かれている僕は、急につまんなくなった。
「……そりゃ、パジャマ破っちゃったのは、僕だけどさ…」
何日か前、僕が一日に何度もヤろうとするから、克晴がいい加減嫌がっちゃって。
暴れ出したから、久しぶりにベッドに繋いじゃったんだ。そしたらパジャマが邪魔だったから、勢いで破いちゃった。
流石に蕾が痛そうだったから、クスリとクリームで高めてあげて、痛くないようにヤッたんだけどなあ。
……それっきり、克晴の機嫌が悪い気がする。
あれから二週間経っていた。
2度目の高熱を出した日、“こんな暴力で、気持ちいいわけないだろ!”と、克晴が叫んだ夜から────。
脱走の後遺症は、だいぶ抜けたと思う。食事は、普通に食べれるようになった。
絶食による激痩せも、体力の消耗も、かなり回復している。押し返してくる力が強くて、僕は時々負けそうになるくらいだった。
「……………」
僕は、何も喋らない克晴を、ベッド際に立ったまま眺めた。
隣の部屋を自由に行き来していいのに、一日の殆どをベッドの上ですごしている。食事の時だけ、ダイニングに来た。
今もベッドの上で上半身だけ起こして、大きなクッションに寄りかかってじっとしている。
「……克晴、…パンツ、穿きたい?」
僕の問い掛けにゆっくりと顔を上げて、虚ろだった目をこちらに向けた。
瞳に、怒りの炎が宿る。
「……前にも言ったけど。……克晴がいい子だったら、下着もいいよ。もっと自由もあげる」
「─────」
僕をやっと見てくれたのに、その視線はすぐに逸らされてしまった。
“パンツ脱がすの、めんどくさいもん”
そう言って、克晴に下着は与えていなかった。それもホントだけど……。
実際は、逃走防止。
逃げる意欲を、削ごうと思っていた。
反対に、言うことを聞いてくれて、僕とずっと一緒に居てくれるなら……。そう信じることができたなら、一つ一つ、その枷を外してあげよう───
……そう、思っているのに。
克晴の横に腰掛けると、顔を覗き込んだ。
ビクンと身体を震わせて、掛布の上の拳が、握り直された。
「………かつはる」
手を頬に伸ばした。
硬直して、唇を噛み締める。でも、逃げはしない。そう教え込んだから。
悪態もつかなくなった。
その代わり、他の感情や言葉まで、閉ざしてしまった。
もう克晴の口からは、喘ぎ声と、最後のお願い“雅義、イかせて”しか、出なくなっていた。触れた頬から、震えが伝わってくる。
───こんなに嫌われてる……僕……
手に入れたはずの、小鳥。その心も、いつかは……そう思っていた。
そう出来ると考えていた。
僕は、本当にわからない。
……なぜ克晴は、ここまで抵抗するんだろう。
セックスの時の徹底拒否は、異常なほどだ。
本能剥き出しの…頭より、身体で先に感じてしまうような快感を、なぜあんなふうに拒絶してしまうのか。
そして、呼応するように、残虐になる僕───
悪循環を呪いながら、唇を克晴へ寄せた。
いい子になったその唇は、薄く開いて僕を受け入れる。
「………ん」
濃厚な舌使いで、克晴を味わう。
唇が一瞬離れた時、細めた眼がちらりと僕を見た気がした。
───妙に、意味深な視線……
「…………?」
────なんだ? ……………えっ!
信じられなかった。
咥内に違和感を感じても。はじめ、何が起こっているのか分からなかった。
克晴の舌が、僕に絡む。
拒否したり逃げることは、やめさせた。でもそれ以上は、望めなかった。
克晴自身が動くことは、まず無かったのに────
「……………」
僕の舌に、おずおずとした動きで絡め返す。
唇も積極的に、吸い付いてくる。
僕はあんまり驚いて、せっかくのキスが続けられなかった。
顔を離して、克晴を見つめる。
「…………」
克晴も、僕を見つめる。
睨み付けるんじゃなく……困った顔で見上げてくる。
一瞬その顔が、小さかった頃の克晴とオーバーラップした。
「………ぁ」
思わず抱き締めてしまった。
背中に腕を回して、僕の胸に顔を埋めさせる。小さく呟いた声が、ますます僕を錯覚させた。
……あの頃の胸の痛みが、突き上げてきた。
快感と自己嫌悪の、繰り返し。
痛めては、泣かせ。鳴かせては、啼かせてしまう……
────克晴………
幼かった克晴を抱くように、僕はそっとキスをし直した。
ゆっくりゆっくり。
驚かせて、怯えさせないように。舌の動き一つ一つに、僕を感じて、身体を震わせてくれるように。
「………ん」
ぴちゃぴちゃと音を立てながら、克晴の舌を舐め回す。
時々軽く吸い上げると、その時だけ、ぴくんと小さく震えた。
………かわいい……
頬が赤く染まっていく。呼吸もどんどん熱くなる……。
「…………はぁ……」
銀色の糸を引いて、僕たちの唇は一端、離れた。
「…………」
どうして…なんで……そんな疑問は、後回しだった。
克晴のこの急な変化がなぜなのか。
そんなことより、目の前で僕を見つめる、困惑した表情。この熱っぽい視線に、僕は……。
「……克晴」
耳に小さく囁くと、パジャマの前をはだけていった。
肩を滑らせてそれを剥ぎながら、耳朶、首筋、鎖骨…と、唇を下げていく。丁寧に、丁寧に、キスを落としていった。
時々、愛しすぎて強めに吸ってしまった。
「んっ…」
その度、小さな声で反応してくれる。
大きなクッションに身体を預け、克晴はゆっくりと身体を横たえていった。紅い花弁を、その肌にたくさん散らして。
「───ぁ……」
胸の飾りに、僕の唇が辿り着いた。
肩を窄めて背中を丸め、懐の奧に胸を逃がそうとする。
昔からここは、くすぐったがって……
懐かしい記憶を辿りながら、そこも丁寧に舐めた。
「……んっ……」
やっぱり反応し出す。
刺激が強すぎない程度に、舌先で廻りを包囲しながら中心に向かって、円を描くように舐め上げていく。
「ん……ぁあ……」
先端の小さな尖りを避けて、いつまでもぐるぐると舐め続ける。
「……はぁ…」
胸の筋肉が、ピクピクと痙攣してる。
かっこいいなあ……この胸。
目線を上げると、悩ましげに眉を寄せて目を閉じている顔が見えた。顎を引いて、肩を竦めて。
……リキみ過ぎだ。
「克晴……」
舌での愛撫を中断して、この先の感覚に怯えている身体に囁いた。
「感じることを、怖がらないで……」
親指の腹で、尖りをそっと撫でる。
「────っ!!」
ビクンと身体が跳ねた。
「……ぁぁッ……」
顔を顰めて、首を振る。
「その感覚を…ストレスとしてここに溜めないで。…脇に、背中に……腰に、それを逃がすんだ」
そっとそっと、尖りを先端から外側へ、撫で続ける、
「…ぁ……はぁ………」
瞑っていた目が薄く開き、唇からは熱い吐息が漏れた。
…………。
潤んだ瞳…赤い唇…ちょっと覗かせる紅い舌……
「──克晴……綺麗……」
なんでか知らないけど…泣きたくなった。
もう一度、舌を這わせる。今度は尖りばかりを、優しくいじくる。
「んっ──ぁあ……」
柔らかい喘ぎ声。
押さえ込むのではなく、快感を外へ逃がすような息遣い。仰け反ったとき、つい漏れた様だった。
「……そう、それだよ」
恥ずかしそうに口をつぐんだ克晴に、囁いた。
目を丸くして赤面しているのが、可愛い。
…………克晴。