chapter4. soul awakening 覚醒 -魂をかけて-
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 2
 
「先生なら、わかるよね……天野が、なに悩んでんのか」
「…………………」
 
 
 
 
 
 ────霧島君……
 僕のことで、相談に……?
 
 あんなケンカ別れして、お互いに違う友達を作ったりして…。
 だから……
 こんなこと言い出す霧島君の、声だけじゃ信じられないくらい……嬉しかった。
 
 
 
 
 
「……へへ、俺が相談なんて、ウソみたいでしょ。……スッゲー悩んでさ」
「…………」
「天野が来てんなら、俺も! なんて、思っちった」
 
 
 
 
 照れ笑い…優しい震動。
 耳を澄まして……全身を耳にして、僕はそれを聴いていた。
 “天野”って、僕の名前、呼んでくれてる。
 カーテン越しだけど、久しぶりに聞く。霧島君の“天野”……
 僕は、ゆっくり気を遣いながら、首だけ衝立カーテンの方へ向けた。
「…………」
 この向こうには、霧島君が座ってるんだ。
 教室でのあんな離れた距離じゃなく、とても近くに居ることを感じた。
 
 ずっと一緒に居た時の空気が、肌の周りに蘇ってくる気がした。
 克にぃがいて、霧島君がいて……暖かい、柔らかな空気に、いつも包まれてた。
 この声を聞くだけで、僕……元気が出てくるみたいだ。
 
 トクン……
 て、何かが動いた。
 ───?
 ちょっと目線を動かせば、裸の胸が見えるんだけど。
 その、心臓のトコが小さく上下して動いてるのが、見える……。
 
 トクトクトク……って、ちっちゃくちっちゃく動きだしたみたい…。
 
 
 僕のこと、心配して……
 ずっと心配してくれてて……
 嫌われて、なかったんだって……。
 そう思うと、ポカッとどっかが暖かくなってきた。
 ───冷え切っていた、僕の体が……動き出した心臓の周りから、熱くなり出した……。
 
 
 
 
「天野君が────なに?」
 
 
 
 
 ─────!!
 不意に、冷たい──先生の声。
 今張ったばかりの、薄くて鋭い氷みたい……
 暖かい空気を切り裂くみたいに、ピリッと僕の肌まで、痛かった。
 
 
 
 すぅっと、息を吸い込む、霧島君の気配。
 …………あ……
 ふんわりと、今度はまた、空気が柔らかく揺れたような気がした。
 
「……天野は───毎日、先生んとこ来てさ………」
「………………」
「いったい、なにを……相談……してんですか?」
 
 
 静かに、絞り出すみたいに、ゆっくり質問し出す。
 ───不思議……
 僕は息を殺して、こんな影から聞き耳立てていて……
 その向こうでは、二つの空気が押し合いをしてるみたいだった。
 霧島君に、知られたくない───
 緊張して張り詰めている肌に、どっちかを感じるたび、ジンと震えたり……ビリッと切り裂かれる。
 シーツに仰向けになって、ピクリとも動けないまま、僕は手の平にびっしょり汗を掻いていた。
 
 
 
「───────」
 
 
 
 睨み合ってるような、張りつめた無音時間………
 桜庭先生は、いったいどんな顔で、微笑んでいるんだろう───
 
 
 
「……丈太郎。それを知って、どうするの?」
 
 ……痛っ……
 またピリッと、肌が鳴った。
 見えない分、鋭くて怖い。先生の声はそれだけで、肌を裂く、凶器になる。
 
 
 
「俺……どうしていいか、わかんなくて」
「……なにが?」
「……天野、泣かない?」
「────え?」
 
 ……………霧島君……
 
「泣くから、どうした? ってきくんだけど、教えてくんなくって」
「……ふうん」
「俺、……あいつのこと、何とかしてやりたくて…」
「………………」
「克にいが帰ってくりゃ、たぶん……でも、その前にアイツ……もたない気がするんだ!」
 声が、どんどん大きくなる。
「ねえ先生、教えてよ! 天野は何で、あんなにいつも泣いてんだよ! なんで俺には教えてくれないんだ!? ……知ってんでしょ? 毎日相談に乗ってる……大人の先生ならさ!!」
「丈太郎……! ───興奮しすぎ…!!」
 霧島君が、先生の袖を掴んだみたいだった。
 回転椅子が動く音、軋む背もたれ……二人の体が、擦れ合う。
 
「はぁ……はぁ……」
 霧島君の、荒い息遣いが、聞こえる。
 必死な声……僕の胸にも、やっぱり刺さってくる。
 前と同じだ……なにも変わってない、真っ直ぐで、大好きな霧島君……
 
 
 
「なんで、そんな……気にしてるの?」
「え?」
 冷めた先生の声に、霧島君も驚いてるみたいだった。
 
「丈太郎……もう、天野君のことなんて、どうでもいいんじゃないの? 帰りを待ってないでしょ。……遊んでもいない」
「────!」
 
「天野君は、それでもう……丈太郎のことは、キライになったって。そう泣いてたよ」
 
 
 
 ──────え!? 
 なに……先生!?
 
 
 
「そんな、青ざめて……興奮しすぎだよ」
 クスリと笑ってる……
 
「そんなに知りたければ、教えないこともないけど……丈太郎がそんな様子じゃ、無理だね」
「そんなって……? 俺、どうすれば…!」
「まずは、落ち着いて。リラックスしなきゃ」
「……はい」
「天野君のプライベートに、関わることだからね。何を聞いても驚かないように、平静になっていてくれないと」
「うん……なるから、教えてよ」
「ほら、それがだめ」
 笑いながら、先生が立ち上がったみたい。移動してる……。
 
「わっ…せんせ、何!?」
「動いちゃダメ……落ち着くためのオマジナイだよ」
「えー! でもこんなん……」
「いいから、手を合わせてしっかり組んで」
「ちょ……先生~? 俺、こんなことしなくたって、暴れないぜ?」
 
 座ったまま両脚を踏みならして、霧島君は結局暴れているみたいだった。
 でも……先生、何してるの?
 なんか嫌な予感……。
 
「うわっ! 先生っ! そこまでする必要、ねーだろ!?」
 いきなり怒りを含んだような、叫び。
 ───何!? 
 ……何、してるの!?
 僕は気が気じゃなくて、ベッドの上で上半身だけ起こした。
 両手を前について、体を支えて……。
 膝にズボンと下着が絡んだまま。
 
 
「先生! この目隠し、外せよ!」
 
 
 ─────目隠し!?
 
 
 
 
「あははは! いい格好だね……ナイト気取りの、丈太郎!」
 
 
 
 
「……………!?」
 桜庭先生が、いきなり笑い出した。
 衝立カーテンの向こうで、聞いたこともないくらい大きな声で、楽しそうに…高笑い……
 
 
 
 次の瞬間、耳を疑うような低い声が、響いた。
 
「美しいね…お互いかばい合っちゃって────でも、そんなのぼくが許さない!」
 
 冷たく吐き捨てるように、言い放った。
「……センセ? ……なに……」
 不安そうな、霧島君。
 
 
 …………僕も……
 ────なに───何が、起こってるの……?
 
 
「丈太郎、教えてあげるよ! 天野君が何を悩んで、毎日ここに来ているのか!」
 ───声が…声が近づいてくる。
 
 
「ね! 天野君!?」
 ─────!!
 
 
 いきなり、目の前の衝立カーテンが動かされた。
 僕と霧島君を隔てていた一枚の布の壁が、一瞬にして取り払われてしまった!
 
「─────!!」
 僕は声にならない叫びを上げながら、自分を隠した。
 シャツをたぐり寄せて、腰を隠しながら、ベッドの真ん中で伏せた。
 ………そして………顔だけ起こして、見上げた先には……
 
「えッ、天野!? そこにいるのか!?」
 
 後ろ手に縛られて、タオルで目隠しをされた霧島君だった。
「なんで……おい! 返事しろよ!」
「……………」
 
「丈太郎……ムリだよ。そんな可哀想なこと……」
「え? どういう……わ!」
 先生はいきなり霧島君を椅子から立たせると、壁の隅から運んできた身長を測る器具に乗せて、くくりつけ始めた。
「丈太郎のために、特等席を用意してあげる……ああ、また身長伸びたね…」
「おい! 何だよこれ! ……天野………天野!? 返事しろ!」
 楽しそうに、暴れる霧島君の両足とお腹の部分を腕ごと、鉄の柱に結び付けてしまうと、先生は僕に向き直った。
「さあ、天野君……君の正体を、知りたがり屋の丈太郎に見せてあげよう……」
「…………!!」
 俯せたまま動けなかった僕は、飛び跳ねて体を起こし、ベッドの奧に逃げた。
 枕元の方はまだ、動かしてない衝立カーテンが僕を隠してくれる。
 
「逃げてもダメ……おいで」
 
 ベッドを回り込んですぐ横に来ると、先生は僕の顎を掬い上げた。
 ────や……
 僕は口を結んだまま、首を横に振った。
 声を出して、ここに僕が本当にいるってことが、知られたくなかった。
 
「ダメだよ……君はそれだけの事をしてしまった。丈太郎も知りたがってる」
 
「………」
「これはもう、聞かせてあげるしか、ないでしょう」
「…………………!!」
 や…やだ………いや……先生!
 僕は、死にものぐるいで、抵抗した。
 手足をバタバタさせて、突き飛ばして……
 
「あっ……!」
 
 先生がベッドに乗り上がった…と思った瞬間、体重を掛けて跨ってきた。
「んっ……」
 苦しい……思わず小さな叫び声──
 身体をずり上げられ、枕元とは反対の方に頭を向けて、寝かされた。
 ……近い!
 左を向けば、霧島君がすぐ横で縛られている。
 手を伸ばしても、届かないけど…息遣いは、聞こえてしまう。
 僕は怖くて、そっちを向けなかった。
 
 
「天野! …………居るんだな? ………お前、ほんとに、そこに……」
 
 
 息を呑むような、霧島君の声……
「何やってんだよ!? なんで、居るって言わない!?」
 
 目隠しされた顔を、必死にこっちに向けてくるみたい。音で探るように、叫んだあとは、じっと動かない……。
 
「丈太郎……ぼくが教えてあげる。約束だからね」
「先生!? ふざけんの、いい加減にしろよ! ……これ、外せよ!」
 
 がたがたと揺すって、柱から体を解放しようとするけれど、しっかり縛られてる。
「煩いよ…黙って聞いていなさい。天野君の声……」
「やっ……」
 先生の手が、組み敷いた僕の身体を、触り始めた。
 暴れたせいで、足に引っ掛かっていたズボンさえ、脱げちゃって。
 全裸になってしまった僕は、全身に空気を感じて、心細いような、イヤな不安でいっぱいになった。
 人前で裸になってるって、すっごい実感したんだ。
 それは、もの凄く、こころが頼りない感じ……。
「…………!!」
 胸の先端を、指先で摘まれた。
 かなり強く、何度も何度も……ぐりぐりと押し付けるようにこねては、指先で摘む。
 覚えさせられた通り……背筋を快感が這い出す。
 先生の熱い吐息と一緒に、耳の後ろを舌先が伝った。そのまま首筋を降りていって、鎖骨を軽く噛まれた。
「んっ…」
 両手を押さえ付けられて、さっきまで指が弄っていた胸の尖りを、舌先が円を描く。
 ジン……と、あの感覚が…脇へ、腰へと痺れた。
 
 
「あっ……ぁ……」
 
 
 
 
「…………!? 天野……?」
 


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