chapter4. soul awakening 覚醒 -魂をかけて-
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 4
 
「あまの──────ッ!!」
 
 
 
 
 先生の声も、聞こえなくなる……
 そう感じた時、霧島君の叫び声が、耳に届いてきた。
 
 
 
「……先生、何してんだよ!? 天野に何してんだ!! ……天野を離せ!!」
 
 
 
 目隠しされたままなのに……
 僕が苦しいの……わかってくれた………?
 
 
 ハッとした先生が手を離したおかげで、僕は咳き込んで呼吸をすることができた。
 
「げほっ……げほ……」
「天野! 天野? ……大丈夫か!?」
 咽せてる僕を、声だけで必死に探ってくれる。
「うん……」
 僕もそれに、答えようとしたら…………
 
「ふふ───勇ましい───」
 サラサラの髪を掻き上げて、先生がするりとベッドを降りた。
 服を直しながら、霧島君の方へとゆっくり近づいていく。
 
 
 
「丈太郎……カッコイイね」
 僕と霧島君の間に割って立つ位置で、先生は霧島君を見下ろしていた。
 
「でも、これ……なに? いまの聴いてて、こんな、なっちゃったの?」
「………くっ…あッ……ああぁ!」
 
 
 
 ────!
 なに……どうしたの……霧島君!?
 
 
 
「せ…先生……やめろ」
「───なんで?」
 
桜庭先生は、霧島君の耳に顔を寄せて、囁きだした。
「頬も紅くして……息も乱れてるよ? ───すごい汗」
「う……うぁ……離せって!」
「こんな、視界の利かない状態で、天野君の声を聴いて……」
 
 ゆっくりと……声を顰めて、クックッと笑う。
「……何を、思ったのかなぁ……?」
「………………ッ!」
 
 霧島君が、息を呑んで、黙った。
 僕からは、先生の白衣の背中だけで、何をしているのかが見えない。
 
「丈太郎は、天野君とは正反対……男らしくて、カッコ良くて。女の子にモテるだろうに」
「あッ…ああぁ…! やめ……くッ……ぁああッ」
 
 また霧島君の、叫び声。
 その声は、身に覚えがあるような不快な響きで……
 
「せんせい? ……先生! やめて…!!」
 僕は、思わず叫んでいた。
 怠い身体を跳ね起こして、両手を前について支えながら。
 
 
 ピタリと動きを止めた先生が、一瞬僕を振り向いた。
 その目は─────
 ゾッとするような、怒り……眉を吊り上げて、目の縁が真っ赤で……
 
「…………ッ!」
 僕も、息を飲み込んで、それ以上声が出なくなった。
 
 
 それを見て、先生がニコリと微笑んだ。
「天野君………。男前の丈太郎が、天野君のことで相談に来たクセに…」
 ふふ…と、おかしそうに、口の端で笑う。
「今、彼のカラダがどうなっているか、教えてあげようか…?」
 
 
 ───どうなって…?
 
 
「───!! せ…先生! なに言ってんだよ!?」
 霧島君が慌てたように怒鳴りながら、身体を揺すった。柱への縛りは、ちっとも緩まない。
「なあッ! ………いい加減外せよ、先生!! これ、マジで!」
 
 何が起こっているのか、見えないから何もわからない。それにイラついたようで、霧島君は、噛み付く勢いで騒ぎ出した。
 
 
「ああ、その前に………可愛い天野君を、うるさい彼に見せてあげようか。……いいよね?」
 朗らかな笑顔で、僕を見る。悪戯を思いついた子供みたいに。
 
 
 ───え!?
 今度は、僕が悲鳴を上げた。
「───えっ……だ……だめ……!」
 
 
 先生の手が、霧島君の目を覆っているタオルを、外そうとしている。
 僕はまだ何も着ていない……動けない上半身を、やっとベッドに起こしただけだった。
「や……まって───先生、待って……」
 足元で丸まっていたシャツをたぐり寄せて、袖を通した。
 指が震えて、ボタンまではめられない。一番下だけ、なんとか留めた。
 
「天野? ……天野……」
 黙ってしまった空白時間に、霧島君がますます焦れる。
 
「あはは! 残念だったね、丈太郎。………天野君の一番可愛い姿は、やっぱりぼくだけのモノだってさ!」
 身体を隠した僕を見て、満足そうに笑い出した。
「…………!?」
 先生の手は、霧島君の目隠しを外すのを、止めてしまった。
 
 
 ───桜庭先生……なんか、おかしい……
「……………」
 思わず飲み込んだ息が、喉を通らなかった。首を締められた痕が、ひどく痛い。
 
 ───先生……
 ………何を考えているの? …………何をしようって………
 
 
 
 
 
 僕の不安に答えるように、先生が喋りだした。
「天野君、君に恋する前はね。………ぼくは丈太郎に、目をつけていたんだよ!」
 
「……はッ!?」
「────!?」
 
「見て───ぼくは彼まで、手に入れた!」
 
 霧島君の後ろに立って、勢いよく両手を広げた。にいっ…と口の両端が持ち上がっていく。
 嬉しそうに……楽しそうに、声を立てて笑い出す。
 
「あはははは! …………はははははッ!!」
 
 まるで映画で見た、吸血鬼みたいだと思った。
 広げたマントで、霧島君を包むように。背後に寄り添って、抱き締めた。同時に高らかな笑い声が、ウソみたいに、ぴたっと止まった。
「──────」
 
 
 
 ジン……と、響きが耳の奥に残る。
 
 
 
「丈太郎……素敵に育ったね」
 
 
 ───低い声……背後から頬を擦り付けて、耳に唇を寄せて。ビクンと反応するのを、楽しむように、囁く。
 
「……君も…ぼくのモノになるなら、その身体を、見せてもらわなきゃ」
 手がするりと、胸元に伸びていく。
「ちょ──せん……」
 慌てた、叫び声……。
「は……離せ! ヤダッつってんだろッ!」
 お構いなしに先生の指が、ボタンを一つ外す。
「…………先生、大人のクセに! こんなことして、いいのかよ!?」
 
「───ふ…」
 霧島君の声なんて聞こえないみたいに、先生は笑いながら指を止めた。そして両手を軽く、打ち鳴らした。
「ああ、そうだ。写真に撮らなきゃね。……天野君と一緒……ぼくのコレクションに加えるんだから」
「写真? …………天野と一緒って…?」
 困惑した声……。
「クソッ! もう、わかんねーし! 目隠し取れよ! ……先生!?」
 首を振って、タオルを必死に外そうとしている。
 
 
 ───そんな……まって…………
 ───これを…恐れてたのに……
 時々見せる、桜庭先生のあのゾッとする底知れない、眼差し。
 それに射すくめられて、僕は動けなくなっていた。
 
 ───ズキンッ
 
 桜庭先生に恐怖して……柴田先生に傷付いて……自分を嫌いになって───
 握りつぶされたまま。
 先生に飲み込まれて、僕の心臓は止まってしまった。
 
 でもそれを、霧島君が……
 あの優しい空気が、もう一度動かしてくれた。
 僕を生き返らせてくれたんだ………その心臓が、痛い。
 
 
 
 
 縛っているお腹のところまでボタンを外し、肌が見えるようにシャツが開かれた。
「うん……思った通り。いい筋肉がついているね」
 溜息交じりに、肩口から見下ろしている。
「あッ!? ……ヤメッ…ぅあ……ッ!」
 霧島君の身体が、ビクンッと跳ねて反り返った。先生の白い指が、胸の上を滑っている。
 
 いくら霧島君でも、手足を縛られ、目隠しされて……どうしたって、抗いきれない。
 後ろから巻きついた二本の腕は、好き勝手に這い回り出した。
  
───大蛇が、絡みついているみたい……
 感情が無いような、冷たい眼が笑う。
 口の端を上げてるけど、……目は細く三日月型になってるけど……
 ………あれは、一番怖いときの先生のカオだ────
 
 
 
 
 ダメ……  ダメだよ  霧島君まで、そんなの
 
 心臓が、ズンズン痛い。
 この痛みが、僕に言う。
 
 心臓、動いたんだから。
 お前は、生き返ったんだから………霧島君を、助けなければって……!
 
 
 
 
 
 
「綺麗だよ……丈太郎……」
「バカヤロウッ! 変態ッ!! いい加減にしろよ!? ……先生だからって、こんなん……ありえねーだろッ!!」
 
 
 
 
 
 でも……
 助けるって……どうやって…………
 さまよった視線の端っこに、ランドセルが映った。
 
 ────あ……
 
 
 
 
 
 先生は、霧島君の顎を掬い上げて、頬擦りをして。胸元を見て、笑ってる。
「……ふ……さすが、丈太郎……」
「何がだよ!? アッ…やだよ………触るなっ!」
 
 
 
 
「───────」
 僕は息を呑んで、身体を支えてる手で、シーツを握り締めた。
 
 
 
 
 
 
 二人を見つめながら、足だけ伸ばして、ベッドの奥隅のランドセルにつま先を引っかけた。
 ───くっ……
 見つからないように───
 衝立カーテンの陰ぎりぎりまで、たぐり寄せて……
 ゆっくり手を差し込んで、外側のポケットの中を探った。
 冷たくて硬い手応え……。それを掴み出して、ひざ元の、シーツのシワの中に潜り込ませた。
 
 
「──────」
 布ずれの音ひとつが、怖い……
 
 ………先生に、見えてないかな……
 ………僕、変じゃない?
 
 顔は下げないで、手探りで操作した。
 
 
 
 ───ハァ…ハァ──早く…早く……
 画像を消そうとした時の緊張感を、体が覚えてる……恐怖で、指先まで竦む。
 震える心臓をなんとか抑えて、自分に言い聞かせた。
 今度こそ……! 今度こそ……!!
 桜庭先生は今、霧島君に夢中だから………今しかないから───
 
 
 微かに見える画面を、ちらりと見た。
「────────」
 一番誰にも、知られたくなかった写真。
 ……恥ずかしい格好の、僕……
 これを誰かに見られるくらいなら、死んじゃいたい。そう思うくらい、酷い───
 何度、決心してみても……
 どうしても、勇気が出なかった。
 
 
 でも 
 どうせ一度、死んじゃった僕。
 もう一度もらった命───賭けるんだ……
 
 
 
 
 
 
「天野君?」
 
 
 
「────!!」
 
 僕の体は、誰が見てもびっくりするぐらい、飛び跳ねた。
「…………は……い……?」
 
 カラカラになってる喉から、絞り出して返事をした。
 
 ……気が付かれた?
 先生を真っ直ぐ見て、顔を上げたまま、指だけで携帯を探る。
 氷のように冷えた、先生の微笑……
 その横に目隠しされたまま、頬を紅くして歯を食いしばってる霧島君……。
 
 
「……どうしたの? なにかしてるの?」
 じっと僕を見つめる。
 あの冷たい眼が、刺すような視線で、僕を剔っていく。
 ゆっくり霧島君から離れると、こっちに一歩を踏み出した。
 
 
 
 
 
 
『メグ……教えてあげる』
『強い心がないとダメで、自分や相手を守ろうと思わないと、出てこない気持ち。………それが勇気だよ』
 
 
 
 
 相手を守ろうと思わないと、出てこない気持ち
 それが勇気だよ
 
 
 
 
 克にぃ………克にぃが帰ってきて、もし……僕がいなくなってたら、ごめんね。
 でも、僕……克にぃにほんとうの勇気、教えてもらった。
 
 僕は、大きくなったから。
 それが、今なら、わかるから………勇気、出せるから……
 
 
 
 
 
 ────霧島君……!!
 
 
 
 
 指に触れた、感触。
 僕の救い……たった一つのボタン「送信」を押した───
 
 
 
 
 
 柴田先生……僕たちを、助けて。
 
 
 
 
 
 
 
 それから僕は、叫びながら、ベッドを飛び降りた。
「桜庭先生! ………僕がいるのに!」
 
 
 靴下のまま。
 下着もズボンも、穿いてない。
 シャツのボタンを一つ、腰の前で留めただけの格好で…………
 近づいてきた先生の胸に、抱きついた。
 
 
 
 
 それは、後ろのベッドと霧島君との、ちょうど真ん中くらいの位置。
 ………先生を、どっちにも行かせない。
 
 
 
 
「せんせい…………僕だけじゃ……ダメなの……?」
 


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