chapter4. soul awakening 覚醒 -魂をかけて-
1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8.
 
 7
 
「柴田……せんせ……」
 
 
 一度安心して、揺るんだ神経が、また張り詰めた。
 体中が、痛いくらい痺れた。
 
 
「…………」
 柴田先生………桜庭先生の、いきなり言い出した作り話を、じっと聞いてる。
 
 ……まって………先生……そんなウソの話し、聞かないで………
 
 
 
 でも……先生の顔は。
 話し通りのこんな格好の僕を、冷たい眼で、見下ろして。
 口元を動かして、一瞬…………
 
「…………!!」
 ……なに……?
 ……わかんない……でも、そんな表情……!
 
 
 まさかと思った。
 だって、こんなこと……いくらなんでも、先生、信じるの?
 僕がほんとうに、いやらしい子で、霧島君に変なこと……
 
 
「………………」
 足元から不安が、突き上げてきた。
 何も言わずに、僕を眺める柴田先生……両目は怖いくらい吊って、口の端は笑ってるみたいに見えた。
 
 
 ───もしかして、柴田先生も……仲間?
 ……桜庭先生の味方、どころじゃなくて……
 
 
 そんな恐怖まで、浮かんだ。
 本当は柴田先生は、全部知ってるんだ。……とっくにあれを、見てるんだ!
 だってだって、先生たち、すごく仲がいいよね……
 
 
 
 ほんのちょっとの瞬間に、頭の中がそんなことまで、グルグルした。
 よく考えれば、そんなはず無いのに。
 そんな余裕も、ない。
 
 不安が孤独感に、すり替わって行く。
 ───見放したような、先生の眼が……僕を…剔っていく。
 
 
 
「しばた…せんせい……」
 
 説明しなきゃ……
 僕も、何か言わなきゃ……声を絞り出した。
 
 
「先生……聞いて……」
 
「天野君! 言い訳は、よしなさいッ!!」
「……え?」
 
 
 僕の声に被せるように、桜庭先生がキツイ声を上げた。
 僕を振り向いて、睨み付けてきた顔には、あの冷たい怒り。
「─────!」
 
 
 僕が反抗するたびに、見下ろしてきた。
 “お仕置き”だと脅して。ごめんなさいを、どれだけ言っても許してくれない。
 身体が、自分のモノじゃなくなるまで、いつも……いつも………
 
「…………」
 その眼に飲み込まれて、声が出なくなった。
 繰り返し受けたその恐怖が、心にも身体にも、どうしようもないほど、染みついていた。
「………ぁ……」
 何か言い返そうとしたのに、喉が掠れる。
 冷たい汗みたいのが、背中をどんどん流れていく。
 
 
 
 
 僕の顔色を見て、桜庭先生は“それでいい”というふうに、ニコリと微笑んだ。
 そして、柴田先生に再び向き合うと、また真剣な声で喋りだした。
 
「柴田先生。この子達の行為は、とても………見過ごせるモノではありません」
 非難しながらも、心配げな顔を作って、僕たちをまたちらりと見て。
 
「でも、恥ずかしい行為だけに……公にしてしまっては可哀想です」
「………………」
「この子達の名誉の為に、私たちだけで対処してあげたいのですが」
 
 
 
「えッ? ───ま…待てよ、おいッ…!!」
 
 霧島君が、慌てた声を出した。
 このままで行くと、本当に僕たちが悪い子のままで。
 柴田先生が、それを信じて一緒に叱り出すんじゃないかって……
 
 
 
 
「…………」
 僕は一言も何も言わない柴田先生を、じっと見つめたまま動けなかった。
 
 
 桜庭先生を嫌いって、言った意味。
 僕が送った写真……
 それは、保健室のベッドの上。
 見れば、わかる。そう思ってた。
 証拠があれば……
 
 
 
 
 でも、これは……この状況は……?
 僕の格好と、桜庭先生の説明。
 これだって、証拠……だよね。
 
 
 
「……………」
 何か言わなきゃ。
 僕だって、説明しなきゃ……
 今こそ、言わなきゃいけないのに。
 柴田先生の目が、僕を見つめ続ける。
 
 なのに、斜め前に立っている、桜庭先生の背中が怖い。無言の圧力で、僕にまだ絡んでいる鎖を、離さない。
 
「………はぁ………はぁ…」
 恐怖と緊張で、呼吸困難になっていった。
 
 
 
 
 
「天野」
 
 すぐ横で、優しい声が囁いた。
 
「…………」
 首を向けると、目の前に霧島君の顔。
 縛られたままの体を、出来る限り前に倒して、僕に顔を寄せて。
 怒ったような、怖い目で、睨んでいた。
 
 
 
「天野……言え」
 
 
 
「……………!」
 
 
 
「オマエが説明しろよ! ホントのこと、言えよッ!!」
 
「霧島……くん」
 
「お前が言わなきゃ、何も変わんねーんだよッ!!」
 
「─────!!」
 真剣に僕を想ってくれて……だからこそ、睨み付けてくる。
 また胸が、熱くなった。
 冷えていた背中が、じんわり温かくなっていく。
 
 僕は握り拳を作って、そのまま震える自分の身体を、抱き締めた。
 ───自分の口で、言うって……
 写真を送るより、何百倍も勇気がいることを、この時知った。
 
「……………」
 顔を上げて、柴田先生の目を、見た。
「──────」
 僕の視線に、先生は何も言わずに、顎だけ引いた。
 じっと待つみたいに。
 僕を助けたいって、言ってくれた……“教えてくれ!”って、何度も叫んだ……あの目だ。
 
 
 写真に、縛られてたけど………こんな僕を知られるっていう事実が、ほんとに怖かった。
 桜庭先生に、何度も繰り返し言われた。「恥ずかしいね」って、せりふ。
 心からそう思って、自分を嫌いになった。
 同じだけ、嫌悪されるって……それが…怖かったんだ。
 
 
 
 だけど……
 
「しばたせんせ……ぼく……」
「天野……君? ……何を…!」
「僕、桜庭先生に……」
 
 
「…………悪戯されてた」
 
 
 桜庭先生の塞ごうとする声を、聞かないように。
 恐怖で声が、詰まらないように。柴田先生の顔だけを見て、必死だった。
 
 
「毎日……毎日……ここで、酷いことされてた」
「何を言ってるの……君が、困ってるから……」
 
 
「僕は嫌だったのに、……イヤって言ったのに、写真で脅されて……」
 
 
 
 
「天野く……」
「……僕ッ……もう嫌だよッ───助けて……!!」
 
 
 
 
 泣いちゃダメだ、泣いちゃダメだ……!
 もっと言わなきゃ!
 自分に言い聞かせながら、声を絞り出していた。
 
「弄られるのも! 言わされるのも! 恥ずかしいこと…全部もうやだ!! ……ヤダよぉ」
 
 ずっとずっと、言いたかった言葉……それだけを、探して。
「……しんじて……信じて……柴田先生! ……僕を助けてぇ!!」
 
 
 涙は我慢したのに、それ以上は、声も出なくなった。
 
「…………はぁッ…」
 立っていられない。先生を見上げたまま、床に座り込んだ。
 お尻が直接冷たいはずなのに、そんなの気が付かないほど、ただ見つめた。
 
「──────」
 目を見開いて、見下ろしてくる柴田先生。………その顔が、小さく頷いたように見えた。
 
 
「天野君! 君はうそばっかり…!」
 すぐ斜め上から、怒りに震えた、低い声。鋭い刃のように閃いて、僕に振りかざしてきた。
 逆光で真っ黒のシルエットが、眼だけ光らせて、僕に覆い被さる。
 “お仕置きが、まだ足りない? あんなに教えてあげたのに! 後で、覚えておいで!”
「─────!」
 真っ赤に充血した眼が、これでもかと僕の心臓めがけて、叫んできた。
 
 
 ぱっと体を翻して、また大人の声を出す。
「柴田先生……こんな子供の言うことは……」
 
 
 
 
 
「もういいですよ、桜庭先生」
 
 
 
 
 ずっと黙っていた柴田先生が、静かに声を出した。
 
 
「桜庭先生……私は…先生が生徒を想う気持ちを、心の底から信頼していました」
「…………」
「自分には無い、包容力や安心感のようなオーラを貴方から感じて……一人でも生徒が笑顔になれるならと、貴方に託す想いだった」
 
 
 
 言葉を切ると、スーツの胸元から携帯電話を、取り出した。
「天野からこれが来たときは、信じられなかった。それ以前から、天野の言葉も聞いてやらなかった」
 
「……これって」
 桜庭先生が、ハッとしたようにその手元を見て、僕を振り返った。
「貴方に直接訊くしかないと、来てみたら……」
 柴田先生も、僕を見た。
 さっきと違って、すごい哀しい目だった。
 
「まさか……本当に、こんなことを……」
 首を振って、呻るように歯ぎしりをした。
 携帯をスーツに戻すと一歩近寄って、真っ直ぐに桜庭先生を見据えた。
「桜庭さん、“子供の言うこと”を聞かなくて、……私たちが聞かなくて、どうするんです!?」
「──────」
「その言葉で、“先生”は失格ですよ」
「や……何を言って、柴田先生まで!」
 薄笑いを浮かべて、縋るように桜庭先生は、大声を出した。
「こんな子に騙されるんですか!? ぼくは、生徒を想って……」
「いくら貴方でも、もう無理だ」
 
 
 
「俺は、天野を信じる」
 
 
 
 
「─────!」
 
 
 
 
「勇気を出して、俺に教えてくれた……その子を!」
 
 
 
 
 
 
 ……………柴田先生……
 
 目の前の出来事が、なんだか信じられない。
 先生の太い、力強い声───周り中真っ白になって、その声だけが、僕を包んだ。
 
 ──天野を、信じる──
 その言葉だけが、耳の奧に響いた。
 …………先生……
 
 
 
「天野……よく言った」
 僕を見た先生の口元が、顔が、歪んでいって……
「………ごめんな、判ってやらなくて」
 その目尻から、ぽろりと光が零れた。
 
 
 
 
「………あッ!」
 つぎの瞬間、柴田先生の拳が、桜庭先生の顔を横殴りにしていた。
 
 
 床を踏み込む足音。
 骨を殴るような、凄い音。
 
 
「────────!!」
 悲鳴も上げずに、桜庭先生が僕の横に倒れ込んだ。
 


NEXT /1部/2部/3部/4部/Novel